教会長から
2011年8月2日 03時02分 (Tue)
安らぎと希望
平成23年6月10日にバルセロナで行われた、村上春樹氏が東日本大震災による
福島の原発事故に際して以下のようにスピーチされました。
(略)・・・広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。
「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」・・・(略)
建物や道路と違って、簡単には修復できないものごとについてです。
それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらは形を持つ物体では
ありません。
機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というもの
ではないからです。・・・(略)壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とす
る人々の仕事になります。
しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事に
なります。
我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った
傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取り掛かります。
それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。
晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。
一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして・・・(略)
最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に
生きています。
生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。
大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の
基本的アイデアのひとつになっています。
そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続ける
ことへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々に具わっているはずです・・・(略)
非常に素晴らしい村上氏のスピーチなので、機会があれば一度ご覧いただきたいです。
http://www.youtube.com/watch?v=Hxw5ONkWFuE
http://tomtittot.asablo.jp/blog/2011/06/11/5906239
戦後、私たち日本人は生活の利便性や、効率を求めることに重きを為し、それらと
引き換えに多くの財産を無くしました。
最も大切で尊いものである倫理。規範といったものが挙げられます。
福島原発の事故は、生活の利便性、耐震設計、計画など経営コストの効率を
追い求めた故に起きた人災だといっても過言ではないと思います。
日本人は元来“集団”のルールを信頼し、逆境においては、速やかに協力体制を
組織することに優れているといわれてきました。
それがいま証明されています。勇猛果敢な復興および救助活動は休みなく続けられ、
略奪も起きていない。
しかい集団の目の届かないところでは、我々は自己中心な人格へと変貌する。
そしてそれは実際に起っています。女性への性的暴行や無人宅への窃盗。
人以外の生き物のへの愛の欠落。都心部では、米やパン、水といった必需品が
スーパーやコンビニの棚から消え失せ、ガソリンスタンドは枯渇状態です。
品薄状態へのパニックが一時的な買いだめを引き起こしています。
昔の日本は貧しかったです。そして差別や詐欺心が強く、排他的・・・
そう外からうかがわせる民族でした。
しかし、本当に困っている人、救いを求める人がいれば、黙ってそしてさりげなく
救いを差し伸べる。そんな民族でした。
でも豊かさと引き換えに日本人は変化しました。
先日、ある人(M氏)を含めた3人で中国(西安・上海)へ渡航しました。
M氏は日本のバブル期によく見かけた日本人の典型的な人物で、常に自己中心で尊大
かつ他人に感謝をしない人・・・そんな人物と6日間一緒に行動しました。
非常に気疲れを我慢するなかで、大神様の「円満」を心に言い聞かせ、6日間過ごしました。
そんななか、渡航中にエスコートして下さった中国人の馬さん。
明るく朗らかで、同伴者の方々に非常な心配りをそれこそ必死で行う様な素晴らしい方。そんな馬さんに金銭面や言動に配慮しないM氏の言動にげんなりし、
M氏と馬さんを対比して、私は大神様が神教え下さる「円満」の真意を学んだ
ような気がします。
人と人を接するのは、心と心の絆が大切です。
相手を敬い、一生懸命の失敗や相手が反省することは責めない言葉で指摘しない。
会社的地位や身分差があろうと対等で接する。そして、その時その場を一緒に
過ごすことの大切さを学びました。
日本に居ると中国の悪いことばかりの報道が目につきますが、実際に中国の方々と
接して、そして信頼関係が築けられること、これほど素晴らしい民族はないのでは
と錯覚してしまう程、馬さんは素晴らしい人物でした。
帰り際、せめてのお礼にと少しばかりのプレゼントを渡し、握手でさよならを交わし
たとき、私は馬さんの6日間の心配りに感動し「お互い良い友達が出来ました。
またお会いしましょう」と言葉を交わしたとき、不覚にも涙が溢れる。
そんな初体験をしました。その涙から大神様の「円満」の真髄を悟りました。
人と人ともに絆があるように、人と魂にも絆が存在します。
その絆から日本人は多くの大切なことを学んできました。
人権や国境を越えたなかにも絆はあると私は学びました。
それらが繋がった時、安らぎや希望が生まれ、人にも魂にも本当の幸せが訪れる
でしょう。
・・・安らぎと希望。
歴史は再生と滅びを繰り返しながら、時を刻んでいきます。
移ろいゆく儚い世界の中で、滅びたもの(あの世の魂)に敬意をはらい、危機に
満ちた脆い世界のなかで生き続けていく決心が大切です。
最後に、再び村上氏のスピーチを引用します。
(略)・・・日本で、このカタルーニャ(バルセロナ)で、あなた方や私たちが
等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を越えて
開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと
思います。
それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過して
きた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。
我々は夢を見ることを恐れてはなりません。
そして我々の足取りを「効率」や「便宜」という名前の持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。
我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」ではなくてはならないのです。
人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。
それはいつまでも受け継がれていくものです。
我々はます、その力を信じるものでなくてはなりません・・・(略)
そう、村上氏もいうように、魂は永遠なのです。
福島の原発事故に際して以下のようにスピーチされました。
(略)・・・広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。
「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」・・・(略)
建物や道路と違って、簡単には修復できないものごとについてです。
それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらは形を持つ物体では
ありません。
機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というもの
ではないからです。・・・(略)壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とす
る人々の仕事になります。
しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事に
なります。
我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った
傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取り掛かります。
それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。
晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。
一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして・・・(略)
最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に
生きています。
生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。
大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の
基本的アイデアのひとつになっています。
そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続ける
ことへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々に具わっているはずです・・・(略)
非常に素晴らしい村上氏のスピーチなので、機会があれば一度ご覧いただきたいです。
http://www.youtube.com/watch?v=Hxw5ONkWFuE
http://tomtittot.asablo.jp/blog/2011/06/11/5906239
戦後、私たち日本人は生活の利便性や、効率を求めることに重きを為し、それらと
引き換えに多くの財産を無くしました。
最も大切で尊いものである倫理。規範といったものが挙げられます。
福島原発の事故は、生活の利便性、耐震設計、計画など経営コストの効率を
追い求めた故に起きた人災だといっても過言ではないと思います。
日本人は元来“集団”のルールを信頼し、逆境においては、速やかに協力体制を
組織することに優れているといわれてきました。
それがいま証明されています。勇猛果敢な復興および救助活動は休みなく続けられ、
略奪も起きていない。
しかい集団の目の届かないところでは、我々は自己中心な人格へと変貌する。
そしてそれは実際に起っています。女性への性的暴行や無人宅への窃盗。
人以外の生き物のへの愛の欠落。都心部では、米やパン、水といった必需品が
スーパーやコンビニの棚から消え失せ、ガソリンスタンドは枯渇状態です。
品薄状態へのパニックが一時的な買いだめを引き起こしています。
昔の日本は貧しかったです。そして差別や詐欺心が強く、排他的・・・
そう外からうかがわせる民族でした。
しかし、本当に困っている人、救いを求める人がいれば、黙ってそしてさりげなく
救いを差し伸べる。そんな民族でした。
でも豊かさと引き換えに日本人は変化しました。
先日、ある人(M氏)を含めた3人で中国(西安・上海)へ渡航しました。
M氏は日本のバブル期によく見かけた日本人の典型的な人物で、常に自己中心で尊大
かつ他人に感謝をしない人・・・そんな人物と6日間一緒に行動しました。
非常に気疲れを我慢するなかで、大神様の「円満」を心に言い聞かせ、6日間過ごしました。
そんななか、渡航中にエスコートして下さった中国人の馬さん。
明るく朗らかで、同伴者の方々に非常な心配りをそれこそ必死で行う様な素晴らしい方。そんな馬さんに金銭面や言動に配慮しないM氏の言動にげんなりし、
M氏と馬さんを対比して、私は大神様が神教え下さる「円満」の真意を学んだ
ような気がします。
人と人を接するのは、心と心の絆が大切です。
相手を敬い、一生懸命の失敗や相手が反省することは責めない言葉で指摘しない。
会社的地位や身分差があろうと対等で接する。そして、その時その場を一緒に
過ごすことの大切さを学びました。
日本に居ると中国の悪いことばかりの報道が目につきますが、実際に中国の方々と
接して、そして信頼関係が築けられること、これほど素晴らしい民族はないのでは
と錯覚してしまう程、馬さんは素晴らしい人物でした。
帰り際、せめてのお礼にと少しばかりのプレゼントを渡し、握手でさよならを交わし
たとき、私は馬さんの6日間の心配りに感動し「お互い良い友達が出来ました。
またお会いしましょう」と言葉を交わしたとき、不覚にも涙が溢れる。
そんな初体験をしました。その涙から大神様の「円満」の真髄を悟りました。
人と人ともに絆があるように、人と魂にも絆が存在します。
その絆から日本人は多くの大切なことを学んできました。
人権や国境を越えたなかにも絆はあると私は学びました。
それらが繋がった時、安らぎや希望が生まれ、人にも魂にも本当の幸せが訪れる
でしょう。
・・・安らぎと希望。
歴史は再生と滅びを繰り返しながら、時を刻んでいきます。
移ろいゆく儚い世界の中で、滅びたもの(あの世の魂)に敬意をはらい、危機に
満ちた脆い世界のなかで生き続けていく決心が大切です。
最後に、再び村上氏のスピーチを引用します。
(略)・・・日本で、このカタルーニャ(バルセロナ)で、あなた方や私たちが
等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を越えて
開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと
思います。
それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過して
きた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。
我々は夢を見ることを恐れてはなりません。
そして我々の足取りを「効率」や「便宜」という名前の持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。
我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」ではなくてはならないのです。
人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。
それはいつまでも受け継がれていくものです。
我々はます、その力を信じるものでなくてはなりません・・・(略)
そう、村上氏もいうように、魂は永遠なのです。
2011年7月16日 10時20分 (Sat)
キ・セ・キ
東日本大震災被害状況は、H23年5月19日現在で死者1万5112人、行方不明
9066人、避難者11万313人(5/18警視庁まとめ)、また、震災失業者10万6461人と
日本が終戦後66年のなかで発生した自然災害のなか、未曾有の被害をもたらしていることが、以上の数字からでも察することができます。これらの状況から
「この世に神も仏もいない!」と叫ばれる方もいらっしゃるでしょう。
また、実際に被災された方々のなかには、家族・友人など大切な人々を失い、
生きる希望も夢も持てない人もいるでしょう。
でも、私はあえて声を大にして「この世には神様も仏様も存在します」と語りたい。何故ならば、東日本大震災で犠牲になられた方の65.2%が60歳以上で、9歳までの乳幼児・児童は3%(警視庁まとめ)との新聞記事に触れ、「神様は復興に繋がる現在の人と、未来の人を多く助けて下さったんだ」と感じました。これが、もし、震災の発生時間が夜半だったり、早朝だったりしたら(阪神・淡路大震災は早朝に発生)もっと乳幼児や児童や青年層、壮年層の犠牲が多かったと思います。
それは、死者の80%が住宅の崩壊や家具の転倒による窒息死・圧死だった阪神・淡路大震災と異なり、東日本大震災は津波での水死者が92%という数字から、警視庁では、震災発生が平日午後で家族と離れて在宅のの人が多かった・・・との見解からも察せられると思います。
先日、神路原神社で開催された「雲上会(うんじょうえ)」という勉強会で、俳優の
H・K氏がゲストで来られ、1時間ばかり講演会を行いました。H・K氏は40代半ばで
生存率が数%という末期の癌に侵せられ、数年間の闘病生活の後、見事病を克服され、それらの経験から、現在は俳優業の傍ら講演や慰問などを通じて命の有り難さ・尊さを訴える活動をされています。
H・K氏との話のなかで私が感銘を受けたのは「医師より余命数カ月と死の宣告を受けた時、私はこれはきっと神様がこの病を克服し、そして経験を生かして世の中で同じ様な苦しみを抱いている方の為に人助けをしなさい。そういう運命を授かったんだ」と話されました。そして「絶対に病は克服できる。未来の為の今現在を一生懸命前向きに生きよう」と決意されたそうです。そして、見事に病を克服され、以後現在の活動を行われています。ドイツの哲学者ニーチェ(1844〜1900)の子おばのなかに「自分の行為は世界に響いている〜自分のどんな行為にも他の行為や考え決断などの誘因になっている、もしくは大きな影響を与えている。その行為が全く何も影響を及ぼしていないことはない。(以下省略)全ての行為や運動は不死だと言えるのだ。つまり、実は私達は永遠に行き続けるのだ。」・・・雲上会のなかで講演して下さったH・K氏とは一期一会の出会いですが、その発する言葉に多くの感動を頂きました。
現在でも、東日本大震災で被災された方々、家族・家・仕事・・・全てを無くされた方々の報道がメディア等でなされています。でも、困難のなかから前を向いて生きようとされている人達の姿を拝見し、私はたくさんの勇気や感動を与えて頂いてます。
神路原神社の歴史のなかで、66年前、日本が敗戦し全土が焼け野原になり多くの犠牲を払ったなかでで人々は「この世に神様も仏様もない」心が荒んだとき、
大神様は「この世に神様もあります仏様もあります」と数々の奇跡を通して神様仏様を啓う心を世の中の人々に植え育ててこられました。
私は思います。どんな困難な状況や辛いときにでも必ず神様仏様は光を射し与えてくれていると・・・その光を感じ取れるか否がかがその人の器量だと・
批判ばかりが繰り返される世の中の風潮ですが「赦す」そして「前向きに進む」ことを求め・・・そう願っています。
9066人、避難者11万313人(5/18警視庁まとめ)、また、震災失業者10万6461人と
日本が終戦後66年のなかで発生した自然災害のなか、未曾有の被害をもたらしていることが、以上の数字からでも察することができます。これらの状況から
「この世に神も仏もいない!」と叫ばれる方もいらっしゃるでしょう。
また、実際に被災された方々のなかには、家族・友人など大切な人々を失い、
生きる希望も夢も持てない人もいるでしょう。
でも、私はあえて声を大にして「この世には神様も仏様も存在します」と語りたい。何故ならば、東日本大震災で犠牲になられた方の65.2%が60歳以上で、9歳までの乳幼児・児童は3%(警視庁まとめ)との新聞記事に触れ、「神様は復興に繋がる現在の人と、未来の人を多く助けて下さったんだ」と感じました。これが、もし、震災の発生時間が夜半だったり、早朝だったりしたら(阪神・淡路大震災は早朝に発生)もっと乳幼児や児童や青年層、壮年層の犠牲が多かったと思います。
それは、死者の80%が住宅の崩壊や家具の転倒による窒息死・圧死だった阪神・淡路大震災と異なり、東日本大震災は津波での水死者が92%という数字から、警視庁では、震災発生が平日午後で家族と離れて在宅のの人が多かった・・・との見解からも察せられると思います。
先日、神路原神社で開催された「雲上会(うんじょうえ)」という勉強会で、俳優の
H・K氏がゲストで来られ、1時間ばかり講演会を行いました。H・K氏は40代半ばで
生存率が数%という末期の癌に侵せられ、数年間の闘病生活の後、見事病を克服され、それらの経験から、現在は俳優業の傍ら講演や慰問などを通じて命の有り難さ・尊さを訴える活動をされています。
H・K氏との話のなかで私が感銘を受けたのは「医師より余命数カ月と死の宣告を受けた時、私はこれはきっと神様がこの病を克服し、そして経験を生かして世の中で同じ様な苦しみを抱いている方の為に人助けをしなさい。そういう運命を授かったんだ」と話されました。そして「絶対に病は克服できる。未来の為の今現在を一生懸命前向きに生きよう」と決意されたそうです。そして、見事に病を克服され、以後現在の活動を行われています。ドイツの哲学者ニーチェ(1844〜1900)の子おばのなかに「自分の行為は世界に響いている〜自分のどんな行為にも他の行為や考え決断などの誘因になっている、もしくは大きな影響を与えている。その行為が全く何も影響を及ぼしていないことはない。(以下省略)全ての行為や運動は不死だと言えるのだ。つまり、実は私達は永遠に行き続けるのだ。」・・・雲上会のなかで講演して下さったH・K氏とは一期一会の出会いですが、その発する言葉に多くの感動を頂きました。
現在でも、東日本大震災で被災された方々、家族・家・仕事・・・全てを無くされた方々の報道がメディア等でなされています。でも、困難のなかから前を向いて生きようとされている人達の姿を拝見し、私はたくさんの勇気や感動を与えて頂いてます。
神路原神社の歴史のなかで、66年前、日本が敗戦し全土が焼け野原になり多くの犠牲を払ったなかでで人々は「この世に神様も仏様もない」心が荒んだとき、
大神様は「この世に神様もあります仏様もあります」と数々の奇跡を通して神様仏様を啓う心を世の中の人々に植え育ててこられました。
私は思います。どんな困難な状況や辛いときにでも必ず神様仏様は光を射し与えてくれていると・・・その光を感じ取れるか否がかがその人の器量だと・
批判ばかりが繰り返される世の中の風潮ですが「赦す」そして「前向きに進む」ことを求め・・・そう願っています。
プロフィール
- ニックネーム
- tadao
- 性別
- 男
- 現住所
- 和歌山県和歌山市西坂ノ上丁23
- 所在地
- 同じ
- 職業
- 神職
- 活動1
- 紀州じんろ太鼓
- 活動2
- 神路原神社正遷宮実行委員会
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