プロローグ~始まりのとき・後編~
2010年8月17日 10時21分57秒 (Tue)
プロローグ~始まりのとき・後編~
真夜中、騒音で眼が覚めた。いや、正確には両親のどちらかに起こされたのだろう、怒鳴りつけるような声で西に、ラークとよく行く崖の方に逃げろと言われた。
何が何だか分からない。
だけど、ただならぬ雰囲気に恐怖感を感じた。
母親と二人、家の裏手に出された。
父親は家の中に残っている、オレは父さんを置いてこの場を去ることを強く躊躇った。
ただ、母さんの顔を見たらその迷いを持ってはいられなかった。
今オレは、母さんを守らなきゃいけない。
オレは生き延びなきゃいけない。
強い命の危険を感じる。何が起こっているのかなんて分からない、わかるのは今オレが一番にしなきゃいけない事を理解する事だけだった。
逃げる。
何から逃げているのか分からない、だけどひたすら西の崖を目指して走った。
足音が、金属の足音が耳に響く。それは幻聴なのに妙にリアルで、直感した。この村は兵士に襲われているんだって。
無意識に感じたその事がオレの恐怖感をあおり平静な心をなくさせる。
指先の震えは全身に回ったみたいで、頭の芯まで震えているんじゃないかなんて思えた。
それでも、つないだ母さんの手を強く握り走るスピードを上げた。
ようやく見えたいつもの崖は近くに裏道があって、絶壁にあいている横穴に続いている。
非常時の隠れ蓑だった。
その場所にはオレの家の近くに住んでいる人達が何人もいた、中には深い傷を負った人も。
そこに辿り着いて安心したんだろう、やっと正気に戻ったオレは大きな見落としにこのときようやく気がついた。
辺りを見回しここにいる全員の顔を確認する。
「やっぱりいない」
一瞬にして全身から血の気が引いたのが分かった。
オレは自分でも気がつかないうちに走り出していた。
母親の悲鳴に近い制止を振り切って。
オレはただひたすらに東に走った。
逃げろと言われた西の反対側、ラークの家のある方向だ。
息をするのを忘れるくらい全力で走った。
前を目指す事しか頭に無くて、あれ程あった強い恐怖感も不安な気持ちも忘れていた。
心臓が破裂しそうなほど大きく鼓動している。
必死に走ってもラークの家にはまだ着かない、それどころか自分の家さえ見えてはいない。
さっきだって全力で走ったばかりだ、子供の体力では限界なんてとっくに超えてる。
走るスピードは徐々に遅くなっていく。そんな自分の無力さに怒りやもどかしさ、悔しさを通り越し、涙がでた。
守護者の資質を持つはずのオレは、どうしてこんなにも弱いんだろう。
強ければ……オレがもっと強ければ逃げることなくラークを、父さんを、みんなを守れるのに。
今のオレにはそれが出来ない。
走れ!走れ!足を動かせ!
オレが足を止めなければ走り続けていられる。
村に戻ればそこには金属の刃物を振りかざした沢山の兵士がいるだろう。
考えるな!何が在ってもオレはこの先に行かなきゃならないんだから、考える事なんて無意味だ。
ただ一直線にラークの家に向かう。
途中眼に映った死体に突き刺さった剣を抜き放ち右手に強く握る。
オレの視界の端に鎧を着込み剣を手にした数人の兵士が移りこんでいたからだ。
兵士は何かを囲み、うち一人はなぜかかがみこんでいた。
わき目も振らず、ラークの家に行くのに障害になるだろう兵士数人を背後から切りつける。
油断していたのだろう、兵士達はあっけなく倒れふした。
倒れた兵士達の中心には村人だろう死体が転がっていた。
あの兵士達は死体なんかを囲んでいったい何をしていたんだろう?
いや、それよりも今はラークの家に急がなくては!
ラークの家に着くその間に不意打ちをつき兵士十数人を切り伏せた。
人を切ったのはこの日が初めてだったが、その事には何も感じなかった。
感じている余裕が無かった。
ただラークを姿をこの眼で確認するためだけに走っていたから。
ようやく着いたラークの家は見る影もなく壊されていて、気持ちが悪いほど静まり返っていた。
気がつかなかった。いつの間にか自分の家を通り過ぎていた事に。
もしかしたら、ラークの家と同じように気がつかないほどに外観が変わっていたのかもしれない。
壊された扉からラークの家へと踏み入る。
ここに来てようやく恐怖感が戻ってきた、と、同時に深く息を吐いた。どうやら呼吸をするのを忘れていたみたいだ。
家の奥にいくことなく分かった。ここは家の中なのに外と同じ血の匂いが充満している。
慣れない血の匂いにいまさら気がついてひどい吐き気がこみ上げてきた。
「っ!っはぁ、オレはここに何しに来たんだよっ」
吐き気を抑え自分に渇を入れる。
「ラーーーク!」
出来る限り大声で叫んだ。
返事は無い。
「っ!オレだ!ロウだぞ!」
頭を過ぎる最悪の状況に不安感が強くなる。
ただ、ここで足を止められない。オレは家の奥へと向かった。
そこは惨状だった。
壁という壁のいたるところに血が、肉片が飛び散りむせ返るほど血の匂いで満ちていた。
何度も来た事のあるこの家のこの場所は、元は団欒に浸るリビングだった。室内は荒らされ、家具も食器も無残に破壊されていた。
そのリビングの今は、中央付近に誰か分からなくなった死体が1つ転がっていた。大きさから見て大人だから、考えたくは無いけれど……ラークの母親だろう、ラークの親父さんは2年前に亡くなっているから、ここにいるのは母親だ、それに服にも見覚えがあった。
見間違えであってほしいとそう思いリビングの奥へ足を運ぶ。
まだ、ラークの姿を確認していない。
リビングの奥は左に台所との隔たりであるドアがある。が、今はなくなったいた。
近づくとそこからは人の気配がした。
警戒して踏み入ったそこには見なれた背中が在った。
立っている。
気配を発している。

「らーく?」
微動だにせずただ立つその背に声をかける。
返事は帰った来ない。
この血で満たされた空間にただ立ち尽くすラークに不安を感じて強くその肩を引いた。
「ラーク!」
間近で見たラークは血に濡れていて、その手には小ぶりの剣が握り締められていた。
装飾用の短刀だ。
触れた肩からラークの鼓動を感じ、生きている事を確認した。
次の瞬間眼に飛び込んできたのは、血の海に横たわる2つの金属塊。
元兵士。よく見ると2人の兵士のどちらも無数の刺し後があった。
ラークの手に握られている短刀が血で濡れている事からここで何が起こったのか大体の予想はついた。
殺したのだろう。
わずか10歳にして両親を殺され、同時にわずか10歳にして人を殺めてしまった。
怖かっただろう…怖かっただろうっ。
オレがもっと強ければいち早く駆けつけて助けてやれたかもしれないのにっ、オレがもっと強ければラークの手を血で染める事もなかったのにっ。
オレがもっと強ければっ!!
自分の弱さにどうしようもなく腹が立つ。
「ラーク、ここは危ないからオレと一緒にいつものところに行こう」
オレの言葉にラークは反応しない。
仕方ないだろう、こんな状況でいつも通りでいられるわけが無い。
こいつは…弱いのだから。
オレはラークの手を握り台所の奥へ足を動かした、ラークを引きずるようにして。
リビングは通れない。
あんな光景もうラークに見せるなんて出来ないっ。
壊れた壁の特に脆いところを突き破って外とつなげ血の匂いを振り切るように森の中に逃げ込んだ。
父さんの心配も、母さんの心配も、村のみんなの事も頭になかった。
この現実から逃げるようにラークの手を引いて走った。
ただラークの手の温もりにだけ安堵してた。
走るのをやめたのはいつからだろう。
オレたちはいつからは走るのをやめて歩いていた、それでも止まることはしなかった。
「ラーク、疲れてないか?ずっと走ってたからさ」
………我ながらバカな言葉をラークにかけていた。
疲れてないか?だって?
そんなんじゃない、疲労感なんかが問題なんじゃない。
「つかれてない、だいじょうぶ」
今まで無言だったラークが急に声を出したものだから、オレの思考は一瞬停止しかけた。
「随分走ったし、ここまで来たらたぶん大丈夫だと思うし、休むところ探そうか」
「うん」
ラークはオレの語り掛けに言葉を返してくれるようにはなったけど、その声に感情が感じられなかった。
いや、正確には感情を出せないのか。まだ、混乱していて当然だもんな。
オレたちは近くに見つけた岩陰に身を寄せてそこで少しの休憩をとる事にした。
火をおこす事もなくただ身を寄せあっていた。
何も話さないまま暫くそうしていた、時間だけが過ぎて、なのにまだ夜明けは来ない。
どのくらい時間が過ぎたか分からなくなったころ、足の膝の上、腿の辺りに暖かさを感じた。
オレの脚の上にはラークの頭があって、ちょうど膝枕をしている形になっている。
時間が1秒2秒経つごとに腿の温かさは増していった。
いつ頃だったかな、ラークの肩が震えてるのを見て、あぁ、泣いているんだ。って、気がついたのは。
オレは動く事も声をかける事もしなかった。
ただ、今はただ、この事に気づかない振りをしてラークを泣かせてやる事しか出来なかった。
全部、オレが弱いせいだ、オレがもっと強かったならこんな結果になんてならなかったのに。
指導者の資質が在るのに。
自分が恨めしかった。
今この時に力に目覚めていない自分を消し去りたい。悔しくて、目が熱くなる。
くそっ!オレは涙なんて流さないぞ、今、せめてオレがしっかりしてないと。涙は不安を誘う……オレは泣かない。
膝の上で泣くラークは、オレに隠すように膝を抱えて小さく丸くなり嗚咽をこらえている。
その姿がオレの胸を強く締め付ける。
耐えられなかった、辛くて、オレはラークの頭を抱えるように抱きしめた。
「我慢するなよ、気持ち吐き出せよ、オレは何もしてやれないけど、オレの前でくらい泣いてくれラークっ」
オレの言葉を聞いた後、一瞬の間を置いてラークは堰を切ったように声を上げて泣いた。
ずっと、長い時間泣いていた。
夜が明ける。
何気なく空を見上げていたオレの目に明け始めの明るさに気がついた。
日の出が着たらあの崖に向かおう。
あそこには皆がいる、だから行かなきゃ。
気が重かった、最悪の事態ばかりが頭に浮かんで。
もしかしたらあの場所が見つかって皆無事じゃないかもしれない…なんて。
オレは今どんな表情(かお)をしてるのかな?不安そうな顔してたらラークに要らない心配かけるなぁ。
そのラークは今オレの膝の上で泣き疲れて眠っている。
眠っているラーク夢を見ているのか、この現実からはなれ穏やかな表情をして寝息をたてている。
起こすのは気が引けるけど、日の出がきたらいかなきゃな。
重たい気持ちを振り払うように強く頭を振った。

日の出と共にオレたちは岩陰から離れた。
周りが明るくなれば方向感覚も戻ってここからどの方向に行けばいいのかわかるから。
なにより、光は不安を和らげて人に行動を起こす気力を与えてくれる。
オレたちは朝日に背を向けていつもの崖を目指した。
ここからどのくらいの距離があるのかわからないけど、歩き続ける。
しっかりとラークの手を握って無言で前へ進む。
現実を理解しきれていない頭で、唯一確かなこいつの無事を確認するように、強く、手をつないでいた。
日の沈みかけた頃オレたちはようやく崖のあるいつもの場所についた。
遠くから聞こえてきた母さんの声が耳についた。
気がついたときには母さんに頬を叩かれていて、その後に痛いくらい強く抱きしめられた。抱きしめられた母さんの肩越しに見えた紅い夕日に 目を焼かれて、訳もなく涙が出そうになった。
日が暮れ始めていたことなんて、この時ようやく気がついたくらいオレは無心に歩き続けていたみたいだ。
オレは今まで放心していたのかな、音が、聞こえた。久しぶりに聞いた気がするその音は“無事でよかった”という、母さんの安堵の声だった。
崖の横穴には生き残った村の人が全員集まっていて、その中にオレの父さんもいた。
オレの両親はどちらも無事だった、でも、親を亡くした子供も多くて。
それ以上に殺された子供が多くて、村の8割の人が一晩にして命を奪われていた。
これが現実。
和平条約を突如覆した一つの大陸の1個小隊が村に攻め込んできた。
それは同時侵略で、オレのいた村以外にも襲われたところが在ったらしい。
どうしてこの村が襲われたのか。
何故王都に近いこの村に王都からの救助隊が遅れて、今更になって救助隊が後始末をしているのか。
分からない事ばかりだ。
ただひとつ。
死んでしまったラークの母親や、村の人たちはもう戻らないんだって。その事だけがオレに突きつけられた確かな事だった。
居た堪れなくて、弱い自分が嫌で、オレは逃げるようにこの村を出る事を決めた。
「黙っていくのは約束違反だもんな」
オレはいつもの崖に来ていた。
そこから見る景色は凄惨な事件が起こる前と同じ景色を、オレの目に写してくれていた。
切り立った崖の先端にラークはいつものように立っていた。
「オレここを出るよ。強くなりたいんだ、弱い今のオレじゃあ何も守れない」
「オレは適格者だ、強くなる。全てを守れる英雄のように」
動乱は始まった。
世界は反旗を翻した1つの大陸によって戦火に飲まれ始めていた。
「また平和な世界をオレが取り戻すから」
決意は固かった。
強くここに誓う。
絶対にこの世界に平和をとり戻す。と。
「一人で行くの?ロウ」
何も言わずにいたラークにオレが背を向け歩き出そうとしたとき、ポツリとラークがつぶやいた。
「やくそくは?」
「守れない」
「一緒について行ったらダメな理由でもあるの?」
振り向くことなくラークは言葉を続ける。
「おいてくの?」
あの事があってからラークは表情を変えなくなった。
あたりまえか、そんなの。
村人の大半がそうだった。
呆けた様に表情を変えることなく黙々と時間だけを浪費している。
オレはもうラークに血を見せたくない。
兵士を見せたくない。
剣を見せたくない。
持たせたくない。
あの凄惨な光景を思い出させる物の全てを見せたくない。
だが旅に出たらそうも行かないだろう。
強くなるには、平和を求めるには、その全てを避けては通れないから。
ラークの手をこれ以上血で濡らすのは嫌だ。
だから。
「連れて行けない。足手まといになるだろ、そんなやつはいらないんだよ」
「足手まといにならなかったら良いって事?」
「だめ」
「どうしても?」
「どうしても」
ラークはオレについて来たいのか何度もオレに問う。
が、オレの気持ちは変わらない。
ラークは小さな手を力いっぱい握り締めると、堪えるような声で言葉をつむぐ。
「……っおいていかないで…」
「っ!」
すがるように、オレの方を振り向いたラークの目は今にも涙がこぼれそうで、オレの気持ちは大きく揺らいだ。
そんな顔をするなんてずるいぜ。
「この村にはもう居場所がないのに、そのうえロウまでいなくなったら……」
そうだ、この村にはもうラークを迎える家も、家族も無い。
在るのは無残に壊された家と母親の亡骸、辛い記憶しかない。
オレは今そんなラークの手を振り払って旅に出るのか?
“一人になると思い出すんだ、押し入れられた戸棚の隙間から、目の前でお母さんが兵士に殺されていくところとか、近づいてくる足音とか、恐怖感が。
隠れきれないと悟ったとき、背面を向けた兵士に剣を突き刺していた。
あんまり覚えていないけど、光景が眼に浮かぶから。
頭がおかしくなりそうだよ…ロウ“
ラークの言葉が脳裏を過ぎる。
「全力で力になるから。足手まといにならないから。
誓いを立てるよ、ロウが今のまま真っ直ぐに平和を求めている間は」
ラークはキッと表情を引き締めるとオレに向かって誓いを立てた。

「私はロウの剣となり盾になる」
「なら誓え。
剣をとってなお永劫、その身を復讐の炎に委ねはしないと」
「………」
ラークの瞳をまっすぐに見つめる。
「難しい言葉だろ?
オレが強くなりたいって言ったとき、父さんに誓わされたことなんだ。
今はまだ分からなくていい、ただ、忘れるな。
復讐の先には何も無い、だから逃げるなってね」
「……うん、誓う、ずっと忘れない、ふくしゅうはしない」
ここまで言われて。
「だあぁ、あと!ラークが盾になってどうすんだよ。オレが守ってやるよ、そのくらい出来なきゃ世界平和なんて無理だもんな、ったく、弱いお前に守られてたまるか。
いいか、オレの方はあれだ」
何をあせっているのかオレは普段より早口になっていた。
まくし立てるように後の言葉を続ける。
「ラークを連れて行く。
そのかわり、何があっても無事でいろ。絶対に死ぬなよ」
「…………うんっ」
「着いて来いラーク、一緒に世界を平和にもどうそう。
信頼してるからな」
陽暦2899年
王都より資質を認められてから1年後の今日、オレはラークと共に生まれ育った村を旅立った。
プロローグ 終わり
真夜中、騒音で眼が覚めた。いや、正確には両親のどちらかに起こされたのだろう、怒鳴りつけるような声で西に、ラークとよく行く崖の方に逃げろと言われた。
何が何だか分からない。
だけど、ただならぬ雰囲気に恐怖感を感じた。
母親と二人、家の裏手に出された。
父親は家の中に残っている、オレは父さんを置いてこの場を去ることを強く躊躇った。
ただ、母さんの顔を見たらその迷いを持ってはいられなかった。
今オレは、母さんを守らなきゃいけない。
オレは生き延びなきゃいけない。
強い命の危険を感じる。何が起こっているのかなんて分からない、わかるのは今オレが一番にしなきゃいけない事を理解する事だけだった。
逃げる。
何から逃げているのか分からない、だけどひたすら西の崖を目指して走った。
足音が、金属の足音が耳に響く。それは幻聴なのに妙にリアルで、直感した。この村は兵士に襲われているんだって。
無意識に感じたその事がオレの恐怖感をあおり平静な心をなくさせる。
指先の震えは全身に回ったみたいで、頭の芯まで震えているんじゃないかなんて思えた。
それでも、つないだ母さんの手を強く握り走るスピードを上げた。
ようやく見えたいつもの崖は近くに裏道があって、絶壁にあいている横穴に続いている。
非常時の隠れ蓑だった。
その場所にはオレの家の近くに住んでいる人達が何人もいた、中には深い傷を負った人も。
そこに辿り着いて安心したんだろう、やっと正気に戻ったオレは大きな見落としにこのときようやく気がついた。
辺りを見回しここにいる全員の顔を確認する。
「やっぱりいない」
一瞬にして全身から血の気が引いたのが分かった。
オレは自分でも気がつかないうちに走り出していた。
母親の悲鳴に近い制止を振り切って。
オレはただひたすらに東に走った。
逃げろと言われた西の反対側、ラークの家のある方向だ。
息をするのを忘れるくらい全力で走った。
前を目指す事しか頭に無くて、あれ程あった強い恐怖感も不安な気持ちも忘れていた。
心臓が破裂しそうなほど大きく鼓動している。
必死に走ってもラークの家にはまだ着かない、それどころか自分の家さえ見えてはいない。
さっきだって全力で走ったばかりだ、子供の体力では限界なんてとっくに超えてる。
走るスピードは徐々に遅くなっていく。そんな自分の無力さに怒りやもどかしさ、悔しさを通り越し、涙がでた。
守護者の資質を持つはずのオレは、どうしてこんなにも弱いんだろう。
強ければ……オレがもっと強ければ逃げることなくラークを、父さんを、みんなを守れるのに。
今のオレにはそれが出来ない。
走れ!走れ!足を動かせ!
オレが足を止めなければ走り続けていられる。
村に戻ればそこには金属の刃物を振りかざした沢山の兵士がいるだろう。
考えるな!何が在ってもオレはこの先に行かなきゃならないんだから、考える事なんて無意味だ。
ただ一直線にラークの家に向かう。
途中眼に映った死体に突き刺さった剣を抜き放ち右手に強く握る。
オレの視界の端に鎧を着込み剣を手にした数人の兵士が移りこんでいたからだ。
兵士は何かを囲み、うち一人はなぜかかがみこんでいた。
わき目も振らず、ラークの家に行くのに障害になるだろう兵士数人を背後から切りつける。
油断していたのだろう、兵士達はあっけなく倒れふした。
倒れた兵士達の中心には村人だろう死体が転がっていた。
あの兵士達は死体なんかを囲んでいったい何をしていたんだろう?
いや、それよりも今はラークの家に急がなくては!
ラークの家に着くその間に不意打ちをつき兵士十数人を切り伏せた。
人を切ったのはこの日が初めてだったが、その事には何も感じなかった。
感じている余裕が無かった。
ただラークを姿をこの眼で確認するためだけに走っていたから。
ようやく着いたラークの家は見る影もなく壊されていて、気持ちが悪いほど静まり返っていた。
気がつかなかった。いつの間にか自分の家を通り過ぎていた事に。
もしかしたら、ラークの家と同じように気がつかないほどに外観が変わっていたのかもしれない。
壊された扉からラークの家へと踏み入る。
ここに来てようやく恐怖感が戻ってきた、と、同時に深く息を吐いた。どうやら呼吸をするのを忘れていたみたいだ。
家の奥にいくことなく分かった。ここは家の中なのに外と同じ血の匂いが充満している。
慣れない血の匂いにいまさら気がついてひどい吐き気がこみ上げてきた。
「っ!っはぁ、オレはここに何しに来たんだよっ」
吐き気を抑え自分に渇を入れる。
「ラーーーク!」
出来る限り大声で叫んだ。
返事は無い。
「っ!オレだ!ロウだぞ!」
頭を過ぎる最悪の状況に不安感が強くなる。
ただ、ここで足を止められない。オレは家の奥へと向かった。
そこは惨状だった。
壁という壁のいたるところに血が、肉片が飛び散りむせ返るほど血の匂いで満ちていた。
何度も来た事のあるこの家のこの場所は、元は団欒に浸るリビングだった。室内は荒らされ、家具も食器も無残に破壊されていた。
そのリビングの今は、中央付近に誰か分からなくなった死体が1つ転がっていた。大きさから見て大人だから、考えたくは無いけれど……ラークの母親だろう、ラークの親父さんは2年前に亡くなっているから、ここにいるのは母親だ、それに服にも見覚えがあった。
見間違えであってほしいとそう思いリビングの奥へ足を運ぶ。
まだ、ラークの姿を確認していない。
リビングの奥は左に台所との隔たりであるドアがある。が、今はなくなったいた。
近づくとそこからは人の気配がした。
警戒して踏み入ったそこには見なれた背中が在った。
立っている。
気配を発している。

「らーく?」
微動だにせずただ立つその背に声をかける。
返事は帰った来ない。
この血で満たされた空間にただ立ち尽くすラークに不安を感じて強くその肩を引いた。
「ラーク!」
間近で見たラークは血に濡れていて、その手には小ぶりの剣が握り締められていた。
装飾用の短刀だ。
触れた肩からラークの鼓動を感じ、生きている事を確認した。
次の瞬間眼に飛び込んできたのは、血の海に横たわる2つの金属塊。
元兵士。よく見ると2人の兵士のどちらも無数の刺し後があった。
ラークの手に握られている短刀が血で濡れている事からここで何が起こったのか大体の予想はついた。
殺したのだろう。
わずか10歳にして両親を殺され、同時にわずか10歳にして人を殺めてしまった。
怖かっただろう…怖かっただろうっ。
オレがもっと強ければいち早く駆けつけて助けてやれたかもしれないのにっ、オレがもっと強ければラークの手を血で染める事もなかったのにっ。
オレがもっと強ければっ!!
自分の弱さにどうしようもなく腹が立つ。
「ラーク、ここは危ないからオレと一緒にいつものところに行こう」
オレの言葉にラークは反応しない。
仕方ないだろう、こんな状況でいつも通りでいられるわけが無い。
こいつは…弱いのだから。
オレはラークの手を握り台所の奥へ足を動かした、ラークを引きずるようにして。
リビングは通れない。
あんな光景もうラークに見せるなんて出来ないっ。
壊れた壁の特に脆いところを突き破って外とつなげ血の匂いを振り切るように森の中に逃げ込んだ。
父さんの心配も、母さんの心配も、村のみんなの事も頭になかった。
この現実から逃げるようにラークの手を引いて走った。
ただラークの手の温もりにだけ安堵してた。
走るのをやめたのはいつからだろう。
オレたちはいつからは走るのをやめて歩いていた、それでも止まることはしなかった。
「ラーク、疲れてないか?ずっと走ってたからさ」
………我ながらバカな言葉をラークにかけていた。
疲れてないか?だって?
そんなんじゃない、疲労感なんかが問題なんじゃない。
「つかれてない、だいじょうぶ」
今まで無言だったラークが急に声を出したものだから、オレの思考は一瞬停止しかけた。
「随分走ったし、ここまで来たらたぶん大丈夫だと思うし、休むところ探そうか」
「うん」
ラークはオレの語り掛けに言葉を返してくれるようにはなったけど、その声に感情が感じられなかった。
いや、正確には感情を出せないのか。まだ、混乱していて当然だもんな。
オレたちは近くに見つけた岩陰に身を寄せてそこで少しの休憩をとる事にした。
火をおこす事もなくただ身を寄せあっていた。
何も話さないまま暫くそうしていた、時間だけが過ぎて、なのにまだ夜明けは来ない。
どのくらい時間が過ぎたか分からなくなったころ、足の膝の上、腿の辺りに暖かさを感じた。
オレの脚の上にはラークの頭があって、ちょうど膝枕をしている形になっている。
時間が1秒2秒経つごとに腿の温かさは増していった。
いつ頃だったかな、ラークの肩が震えてるのを見て、あぁ、泣いているんだ。って、気がついたのは。
オレは動く事も声をかける事もしなかった。
ただ、今はただ、この事に気づかない振りをしてラークを泣かせてやる事しか出来なかった。
全部、オレが弱いせいだ、オレがもっと強かったならこんな結果になんてならなかったのに。
指導者の資質が在るのに。
自分が恨めしかった。
今この時に力に目覚めていない自分を消し去りたい。悔しくて、目が熱くなる。
くそっ!オレは涙なんて流さないぞ、今、せめてオレがしっかりしてないと。涙は不安を誘う……オレは泣かない。
膝の上で泣くラークは、オレに隠すように膝を抱えて小さく丸くなり嗚咽をこらえている。
その姿がオレの胸を強く締め付ける。
耐えられなかった、辛くて、オレはラークの頭を抱えるように抱きしめた。
「我慢するなよ、気持ち吐き出せよ、オレは何もしてやれないけど、オレの前でくらい泣いてくれラークっ」
オレの言葉を聞いた後、一瞬の間を置いてラークは堰を切ったように声を上げて泣いた。
ずっと、長い時間泣いていた。
夜が明ける。
何気なく空を見上げていたオレの目に明け始めの明るさに気がついた。
日の出が着たらあの崖に向かおう。
あそこには皆がいる、だから行かなきゃ。
気が重かった、最悪の事態ばかりが頭に浮かんで。
もしかしたらあの場所が見つかって皆無事じゃないかもしれない…なんて。
オレは今どんな表情(かお)をしてるのかな?不安そうな顔してたらラークに要らない心配かけるなぁ。
そのラークは今オレの膝の上で泣き疲れて眠っている。
眠っているラーク夢を見ているのか、この現実からはなれ穏やかな表情をして寝息をたてている。
起こすのは気が引けるけど、日の出がきたらいかなきゃな。
重たい気持ちを振り払うように強く頭を振った。
日の出と共にオレたちは岩陰から離れた。
周りが明るくなれば方向感覚も戻ってここからどの方向に行けばいいのかわかるから。
なにより、光は不安を和らげて人に行動を起こす気力を与えてくれる。
オレたちは朝日に背を向けていつもの崖を目指した。
ここからどのくらいの距離があるのかわからないけど、歩き続ける。
しっかりとラークの手を握って無言で前へ進む。
現実を理解しきれていない頭で、唯一確かなこいつの無事を確認するように、強く、手をつないでいた。
日の沈みかけた頃オレたちはようやく崖のあるいつもの場所についた。
遠くから聞こえてきた母さんの声が耳についた。
気がついたときには母さんに頬を叩かれていて、その後に痛いくらい強く抱きしめられた。抱きしめられた母さんの肩越しに見えた紅い夕日に 目を焼かれて、訳もなく涙が出そうになった。
日が暮れ始めていたことなんて、この時ようやく気がついたくらいオレは無心に歩き続けていたみたいだ。
オレは今まで放心していたのかな、音が、聞こえた。久しぶりに聞いた気がするその音は“無事でよかった”という、母さんの安堵の声だった。
崖の横穴には生き残った村の人が全員集まっていて、その中にオレの父さんもいた。
オレの両親はどちらも無事だった、でも、親を亡くした子供も多くて。
それ以上に殺された子供が多くて、村の8割の人が一晩にして命を奪われていた。
これが現実。
和平条約を突如覆した一つの大陸の1個小隊が村に攻め込んできた。
それは同時侵略で、オレのいた村以外にも襲われたところが在ったらしい。
どうしてこの村が襲われたのか。
何故王都に近いこの村に王都からの救助隊が遅れて、今更になって救助隊が後始末をしているのか。
分からない事ばかりだ。
ただひとつ。
死んでしまったラークの母親や、村の人たちはもう戻らないんだって。その事だけがオレに突きつけられた確かな事だった。
居た堪れなくて、弱い自分が嫌で、オレは逃げるようにこの村を出る事を決めた。
「黙っていくのは約束違反だもんな」
オレはいつもの崖に来ていた。
そこから見る景色は凄惨な事件が起こる前と同じ景色を、オレの目に写してくれていた。
切り立った崖の先端にラークはいつものように立っていた。
「オレここを出るよ。強くなりたいんだ、弱い今のオレじゃあ何も守れない」
「オレは適格者だ、強くなる。全てを守れる英雄のように」
動乱は始まった。
世界は反旗を翻した1つの大陸によって戦火に飲まれ始めていた。
「また平和な世界をオレが取り戻すから」
決意は固かった。
強くここに誓う。
絶対にこの世界に平和をとり戻す。と。
「一人で行くの?ロウ」
何も言わずにいたラークにオレが背を向け歩き出そうとしたとき、ポツリとラークがつぶやいた。
「やくそくは?」
「守れない」
「一緒について行ったらダメな理由でもあるの?」
振り向くことなくラークは言葉を続ける。
「おいてくの?」
あの事があってからラークは表情を変えなくなった。
あたりまえか、そんなの。
村人の大半がそうだった。
呆けた様に表情を変えることなく黙々と時間だけを浪費している。
オレはもうラークに血を見せたくない。
兵士を見せたくない。
剣を見せたくない。
持たせたくない。
あの凄惨な光景を思い出させる物の全てを見せたくない。
だが旅に出たらそうも行かないだろう。
強くなるには、平和を求めるには、その全てを避けては通れないから。
ラークの手をこれ以上血で濡らすのは嫌だ。
だから。
「連れて行けない。足手まといになるだろ、そんなやつはいらないんだよ」
「足手まといにならなかったら良いって事?」
「だめ」
「どうしても?」
「どうしても」
ラークはオレについて来たいのか何度もオレに問う。
が、オレの気持ちは変わらない。
ラークは小さな手を力いっぱい握り締めると、堪えるような声で言葉をつむぐ。
「……っおいていかないで…」
「っ!」
すがるように、オレの方を振り向いたラークの目は今にも涙がこぼれそうで、オレの気持ちは大きく揺らいだ。
そんな顔をするなんてずるいぜ。
「この村にはもう居場所がないのに、そのうえロウまでいなくなったら……」
そうだ、この村にはもうラークを迎える家も、家族も無い。
在るのは無残に壊された家と母親の亡骸、辛い記憶しかない。
オレは今そんなラークの手を振り払って旅に出るのか?
“一人になると思い出すんだ、押し入れられた戸棚の隙間から、目の前でお母さんが兵士に殺されていくところとか、近づいてくる足音とか、恐怖感が。
隠れきれないと悟ったとき、背面を向けた兵士に剣を突き刺していた。
あんまり覚えていないけど、光景が眼に浮かぶから。
頭がおかしくなりそうだよ…ロウ“
ラークの言葉が脳裏を過ぎる。
「全力で力になるから。足手まといにならないから。
誓いを立てるよ、ロウが今のまま真っ直ぐに平和を求めている間は」
ラークはキッと表情を引き締めるとオレに向かって誓いを立てた。
「私はロウの剣となり盾になる」
「なら誓え。
剣をとってなお永劫、その身を復讐の炎に委ねはしないと」
「………」
ラークの瞳をまっすぐに見つめる。
「難しい言葉だろ?
オレが強くなりたいって言ったとき、父さんに誓わされたことなんだ。
今はまだ分からなくていい、ただ、忘れるな。
復讐の先には何も無い、だから逃げるなってね」
「……うん、誓う、ずっと忘れない、ふくしゅうはしない」
ここまで言われて。
「だあぁ、あと!ラークが盾になってどうすんだよ。オレが守ってやるよ、そのくらい出来なきゃ世界平和なんて無理だもんな、ったく、弱いお前に守られてたまるか。
いいか、オレの方はあれだ」
何をあせっているのかオレは普段より早口になっていた。
まくし立てるように後の言葉を続ける。
「ラークを連れて行く。
そのかわり、何があっても無事でいろ。絶対に死ぬなよ」
「…………うんっ」
「着いて来いラーク、一緒に世界を平和にもどうそう。
信頼してるからな」
陽暦2899年
王都より資質を認められてから1年後の今日、オレはラークと共に生まれ育った村を旅立った。
プロローグ 終わり
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美人さんが大好き!
キレイなお姉さんは好きですか?
なにかのCMのフレーズでありましたね。
大好きですよ!
好きなキャラ見れば傾向が無差別に見えますが
こんな所に大半女性だという大雑把な傾向が見えましたね(笑)
男キャラはVPのレザード
アイツは最高です!!
変態が感染しそうなくらい濃いヤツでした。
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