第1回:「昭和流行歌史」

歌は世につれ世は歌につれ

 「昭和流行歌史」 (毎日新聞社)

 本は好きだが、たまの休みに古本屋めぐりをするほど熱心な本の虫というわけでもない。古本屋はめぐるどころか時たまふらりと立ち寄る程度である。とはいえ、面白い本との“偶然の出会い”を期待するとなると、やはり古本屋ほど最適な場所はない。

 この「昭和流行歌史」も近場の古本屋で偶然見つけたもの。昭和52年(1977年)、毎日新聞社から発行されたステキすぎる1冊。どうやら「1億人の昭和史」という昭和アーカイヴ・シリーズの別冊らしい。内容はすこぶる単純で、流行歌の歌詞をこれでもかと詰め込み、その大半はご丁寧に譜面までセットになっている。そしてそれと並行して、簡単な年譜や時代背景の解説、当時の流行風俗の写真などが実にいい塩梅に配されている。

 まずは「昭和前史:文明開化のリズムにのって」と題し、明治・大正時代の流行歌をプロローグとして始まる。

 昭和59年(1984年)生まれの不肖私、周りの同世代よりは古いものが好きとはいえ、さすがに明治・大正の流行歌となると知らないものの方が多い。今でも(少なくともタイトルくらいは)耳にする有名どころでは、「荒城の月」、「われは海の子」、「茶摘」、「鉄道唱歌」、「赤い靴」、「かなりや」、「赤とんぼ」、「肩たたき」、「七つの子」、「花嫁人形」、「故郷」、「月の沙漠」、「この道」、「会津磐梯山」、「ソーラン節」、「炭坑節」などなど。

 唱歌、抒情歌、民謡、童謡などごちゃまぜであるが、ここらへんなら私も口ずさめる(少なくとも鼻歌くらいでならなぞれる)ものばかりである。

 この「昭和前史」の項ではひとつ発見があった。マイトガイこと小林 旭が歌っていることで有名な「北帰行」という歌だが、これは実は旧旅順高校の寮歌だというのである。そもそも校歌や応援歌ならまだしも、“寮歌”なんてジャンルがあることすら知らなかった。

 そして「昭和1~10年(1926~35):新民謡で開けた『昭和』」と題して本編へ。

 この昭和初期の10年間もまだまだ知らない歌ばかりだ。ここで私が知っていたのは大好きな歌手ちあきなおみがカバーした「旅笠道中」と、大好きな詩人サトウハチロー作詞の「もずが枯木で」(これは三上 寛がカバーしていたなぁ)くらいであるが、ここで大々的に特集されているのは昭和の大作曲家・古賀政男。おぉ、古賀メロディーなら大好物だ!!

 「影を慕いて」、「湯の町エレジー」、「酒は涙か溜息か」、「誰か故郷を想わざる」、「人生の並木道」、「男の純情」、「丘を越えて」、「ゲイシャワルツ」などなど、日本人なら(少なくともタイトルくらいは)一度は耳にしたことがあるだろう超ド級の名曲がズラリと並ぶ。まさに“昭和の流行歌”然とした名曲群。さぁ、激動の昭和史の始まりである。

 続いて「昭和11~20年(1936~45):官製・私製 歌は花ざかり」と題して戦争の時代へ。

 ここらへんからは知っている曲が少し増えてくる。「支那の夜」、「蘇州夜曲」、「別れのブルース」、「裏町人生」、「男なら」といったあたりが有名どころだろうか。しかしここで大々的に特集されているのはやはり軍歌である。この際、戦争の良し悪しはとりあえず脇に置いて、純粋な音楽好きの観点から言わせてもらうと、軍歌・軍楽はいつの時代・どこの国においても本当にいい曲が多い。

 「軍艦(軍艦マーチ)」、「海ゆかば」、「父よあなたは強かった」、「月月火水木金金」、「同期の桜」などが有名なところか。今日日このような軍歌なんぞ聴いていれば右翼扱いされるのがオチだが、そのようなイデオロギー云々といったことは関係なしに、今でも口ずさみたくなる歌ばかりである。

 「ああ紅の血は燃ゆる」などは学徒動員を強く賛美し後押しする罪深い歌であるが、「花もつぼみの若桜/五尺の生命(いのち)ひっさげて/国の大事に殉ずるは/我ら学徒の面目ぞ/ああ紅の血は燃ゆる」なんて文句を聴かされてしまった日には、「お国のために行かざるを得ない」という心境にもなるというもの。そういう意味でも本当に罪深い歌であるとは思うが、しかし反面、ある種の美徳を感じてしまうのもまた事実だ。戦争を賛美するつもりは毛頭ないが、これを“いい歌”だと思ってしまう気持に偽りはない。

 さてさて、少々話が陰気くさくなったが、今度は「昭和20~30年(1945~55):焦土に流れた『リンゴの唄』」と題して戦後流行歌の黄金期へ。

 ここへきて知っている歌の数はグンと増える。「東京ブギウギ」、「リンゴの唄」、「星の流れに」、「ああモンテンルパの夜は更けて」、「上海帰りのリル」、「異国の丘」、「岸壁の母」、「銀座カンカン娘」、「東京の花売娘」、「君待てども」、「夜霧のブルース」、「夜来香(イエライシャン)」、「お富さん」、「港が見える丘」、「雨のオランダ坂」、「青い山脈」、「桑港(サンフランシスコ)のチャイナ街(タウン)」、「憧れのハワイ航路」、「別れの一本杉」、「月がとっても青いから」、「啼くな小鳩よ」、、、これでもほんの一部だが、まさに永遠の名曲と呼べるものばかりである。

 ここでの特集はやはり美空ひばり。まぁ、そうでしょうなぁ、やっぱり。「悲しき口笛」、「東京キッド」、「リンゴ追分」、「悲しい酒」、、、美空ひばりについて今さら何を書くことがあろうか。“ひとりの歌い手”というよりも、もはや“ひとつの伝説”である。

 お次は「昭和31~40年(1956~65):ひろがる電波・あがる歌声」と題し、「一億総白痴化」が流行語となる高度経済成長とテレビ全盛の時代へ。

 ここからは今でもテレビやラジオで聴く機会がある名曲が増えてくる。「東京流れ者」、「東京だョおっ母さん」、「有楽町で逢いましょう」、「ああ上野駅」、「アカシヤの雨がやむ時」、「王将」、「南国土佐を後にして」、「アンコ椿は恋の花」、「高校三年生」、「いつでも夢を」、「哀愁列車」、「錆びたナイフ」、「嵐を呼ぶ男」、「さすらい」、「ギターを持った渡り鳥」、「霧笛が俺を呼んでいる」、「網走番外地」、「黒い花びら」、「誰よりも君を愛す」、「チャンチキおけさ」、「スーダラ節」、「上を向いて歩こう」、「幸せなら手をたたこう」、「見上げてごらん夜の星を」、「こんにちは赤ちゃん」、「下町の太陽」、「僕は泣いちっち」、「愛して愛して愛しちゃったのよ」、「おーい中村君」、「東京五輪音頭」、「浪曲子守唄」、、、流行歌・歌謡曲と呼ばれるものはこの時代が頂点のような気がする。

 最後は「昭和41~51年(1966~76):10代歌手の“百花斉放”」と題し、グループ・サウンズやフォークといった新たな風が歌謡界の方向性を変えてゆく時代へ。

 ここで紹介されているのは、「君こそわが命」、「喝采」、「世界の国からこんにちは」、「世界は二人のために」、「いっぽんどっこの唄」、「男はつらいよ」、「学生街の喫茶店」、「神田川」、「赤色エレジー」、「黒の舟唄」、「傷だらけの人生」、「昭和枯れすすき」、「新宿の女」、「骨まで愛して」、「なみだの操」、「君といつまでも」、「ブルーシャトー」、「木綿のハンカチーフ」、「シクラメンのかほり」、「せんせい」、「だれかが風の中で」、「バラが咲いた」、「戦争を知らない子供たち」、「時には母のない子のように」、「あなた」、「くちなしの花」、「今日でお別れ」、「ブルーライト・ヨコハマ」、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」、「長崎は今日も雨だった」、「伊勢佐木町ブルース」、「柳ヶ瀬ブルース」、「いい湯だな」、「天使の誘惑」、「夜霧よ今夜もありがとう」、「小指の思い出」、「星影のワルツ」、「白いブランコ」、「結婚しようよ」、「ひと夏の経験」、「北の宿から」、「わかって下さい」などなど。

 演歌、歌謡曲、グループ・サウンズ、フォーク、ポップス、、、この10年はかなりジャンルが入り乱れている。“流行歌”や“歌謡曲”という言葉はこの時代で終焉を迎え、以降はニュー・ミュージックからJ-POPへと呼び名が変わり、今に至るという感じではなかろうか。

 この本編だけでもお腹いっぱい大満足であるが、巻末には「日本の流行歌手204人」と題して、東海林太郎あたりの世代から山口百恵まで、流行歌手のポートレイトがズラズラズラ〜〜っと載せてある(生年・出身・主なヒット曲のデータ付き)。さらには当時のSP盤のレーベル傑作選までカラー写真で載っていたりして、本当に素晴らしい内容である。まさに「歌は世につれ、世は歌につれ」という名文句をそのまんま本にしてしまったような1冊。いやぁ、イイ仕事してますねぇ。

                                                (2010年10月13日)


プロフィール

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アンジー
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O型
生年月日
'84年5月2日
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