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2013年09月 のアーカイブ

2013年9月29日 20時53分44秒 (Sun)

貧困ビジネスにNO

北千住で足立区議から貧困ビジネスの話を聞いた。
貧困ビジネスは大阪では排除されている。大阪では貧困ビジネスに厳しい指導をしている。生活保護を停止すると警告する。それはケースワーカーの意識と努力に負う。橋本徹大阪市長のお陰ではない。
貧困ビジネス反対運動には貧困者差別的な感覚のものもある。貧困者を搾取する貧困ビジネスは許さないと矛先を明確にする必要がある。
足立区舎人の貧困ビジネスは撤退した。ワンルームマンションになる。貧困ビジネスに転用しないと約束させる。
最大の問題は無届けで知らない間に貧困ビジネスができてしまうことである。住民が目を光らせる必要がある。
大阪府の貧困ビジネス規制条例は一定の効果があったが、運用でのケースワーカーの意識に負うところが大きい。貧困ビジネス規制条例は貧困ビジネスが広がった根本的原因を解決するものではない。隠れていくらでもできてしまう。無料低額宿泊所に行かないようにする。居宅保護の原則を徹底する。都営住宅への生活保護受給者の斡旋は、都営住宅の倍率の高さを踏まえると不公平感があり、難しい。空き家をうまく活用する。家賃補助制度を作る。
以下の感想が寄せられた。
「貧困ビジネスの源流は日雇い労働者を寮に住まわせて給料をピンはねする中間搾取者ではないか」
「貧困ビジネスは市民の税金から支払われる生活保護費をピンはねしている。貧困ビジネスは貧困者だけでなく、市民も搾取されている」

林田力 東急不動産だまし売り裁判 二子玉川ライズ反対運動 wiki Facebook Amazon アマゾン

2013年9月29日 15時15分55秒 (Sun)

風立ちぬv林田力レビュー

映画『風立ちぬ』は大きな議論を巻き起こしている。侵略戦争肯定や喫煙助長などと批判されている。私見はサナトリウム文学とのギャップという点を指摘したい。『風立ちぬ』というタイトルからはサナトリウム文学を連想することは当然のことである。映画でも結核患者が登場する。しかし、サナトリウム文学の特徴である長期に渡る療養生活、それを看とる配偶者という要素は映画にはない。反対に自分が美しいところだけ好きな人に見てもらいたい結核患者の思いが説明される。これは不健康な状態を認めず、パッと咲いてバッと散るという危険な思想にも通じる。重病人や他人のお荷物になる人間は生きる価値がないという危険な思想にもつながる。サナトリウム文学とは対極の位置にある。
結核は難病であったが、すぐに亡くなる訳ではない。サナトリウム文学には長い療養生活の中で、ゆったりした時間が流れていた。それは患者本人だけでなく、付き添う婚約者にも当てはまる。現代人からは信じられないような、ゆったりした時間である。そのゆったりした時間の中でサナトリウム文学という豊かな文学が生まれた。
単純に昔の方が良かったと言うつもりはない。長い療養生活を送れた人は恵まれた人であっただろう。それでもサナトリウム文学の豊かさを踏まえると、「親の介護は地獄だ」という言葉がまかり通る現代日本の貧困を強く実感する。
ところが、映画の主人公は仕事中毒である。ヒロインも自分の美しい時だけ一緒にいたいという発想である。病気に寄り添い、死に寄り添うという思想がない。サナトリウム文学と真逆の映画である。
『風立ちぬ』が戦争肯定映画か否か議論されている。特別高等警察という軍国主義の暗部が描かれている。主人公には国を滅ぼしたという反省も述べさせている。それ故に『風立ちぬ』を教条主義的に批判して、まるでネット右翼と同じ側に追いやってしまうべきではない。
一方で侵略される側の痛みという視点はない。被害者感情は豊富であるが、加害者意識に欠けるという日本人一般の意識を反映している。宮崎監督は「その時代を精一杯に生きた」と擁護する。その時代に獄中で侵略戦争反対を貫いた人々がいたことを考えると、自分の持ち場で精一杯に生きたことを素晴らしいとは思わない。むしろ、そのような人々が戦争体制を支えたと言える。反戦平和運動は、戦争中に戦争反対を貫いた人々の系譜だけが唱える資格があるとは思わない。むしろ、精一杯に生きた人々の真摯な反省に基づく平和運動は、平和運動は国民的な厚みを持つ上で重要である。となれば『風立ちぬ』は、仕事中毒や健康状態ならば生きている価値がないというような根っ子の価値観こそ問題がある。それが戦前から戦後に続く日本の無反省な連続性を支えている。宮崎アニメは『千と千尋の神隠し』でも理不尽な状況に追い込まれた子どもが頑張る姿を生きる力と持て囃した。映画が直接描かない戦争被害の悲惨さは、鑑賞者の想像力で十分補えるように描かれている。それよりも軍
国主義の土台になった特殊日本的精神主義に無批判な点が気になった。

2013年9月28日 14時25分39秒 (Sat)

ブラック企業と政治的正しさ

ブラック企業やブラック士業は現代日本の社会問題である。東急ハンズでは心斎橋店員がサービス残業強要やパワハラで過労死し、ブラック企業大賞にノミネートされた(林田力『ブラック企業・ブラック士業』Amazonキンドル)。厚労省がまとめた、心の病による労災のデータでも、「いやがらせ」「いじめ」「上司とのトラブル」が理由として多い。その背景がパワーハラスメントである。日本社会のブラック企業やブラック士業への問題意識も高まっている。ところが、ここにきてブラック企業やブラック士業という表現は好ましくないとの主張が提示された。ここには日本の左翼市民運動の偏狭さと限界がある。
ブラック企業やブラック士業は対象を批判するための表現である。ブラック企業やブラック士業という言葉にマイナスの価値がある。それはブラックという言葉にマイナスの価値を込めていることになる。それが黒人差別になると批判する。
日本社会にも黒人を蔑視する愚かな感情があることは事実である。しかし、日本語は黒人差別以前に黒にマイナスの価値を与えている。「腹黒い」「白黒つける」などである。それ故にブラック企業やブラック士業は普通の日本語感覚の延長線上にある。
ブラック企業やブラック士業はネット上のスラングとして発生した言葉である。それ故に左翼的なネーミングセンスとギャップがあることは当然である。それをそのまま受け止めることができずに何か言わなければ気が済まないところに日本の左翼の教条主義的な偏狭さが感じられてならない。
左翼教条主義者にとっては世代的なギャップもあり、ブラック企業に潰される若者よりも、差別に苦しむ黒人の方が親近感や具体的イメージを感じられるのだろう。それは左翼運動の市民感覚との断絶を意味する。
このように考えると日本共産党がブラック企業批判を掲げたことは、やはり画期的であった。労働者の搾取をブラック企業のような企業の悪辣さに原因を求めるのではなく、資本主義的生産構造から説明するイデオロギーを有し、中小企業経営者を組織化している政党が、ブラック企業批判に注力することは自明ではない。ワタミ渡辺美樹が対立政党から立候補したという事情があるとはいえ、共産党がブラック企業問題を取り上げたことは左翼的偏狭さと比べて大胆なことであった。

2013年9月27日 23時53分45秒 (Fri)

東急ストアTwitter炎上

脱法ハーブ宣伝屋と東急不動産工作員は鼻の曲がりそうな悪臭をしていた。不自然で病的な悪臭であった。
東急ストアでは戸塚店従業員によるバカッター事件が起きた(林田力『東急ストアTwitter炎上』Amazonキンドル)。複数の戸塚店従業員がグレープフルーツやリンゴを口に加えた写真をTwitterに投稿した。バカッターの目は近づく者を全て吸い込む黒い穴であった。バカッター炎上事件後は東急ストアへの内部告発が一層活発化した。ある内部告発者は東急ストアは固定資産が多いために必然的に費用がかかると指摘する。そのために売上が少し落ちただけで営業利益ガタ落ちになるという。

2013年9月26日 19時15分29秒 (Thu)

内部告発ドキュメンタリー

ブラック士業の物言いは傲慢そのものである。どうしてブラック士業は人の気持ちを逆撫でするような言い方しかできないのか。ブラック企業に殺された人も、死ぬ間際まで懸命に生きようとしていた。
今度の土曜日9月28日のPM5時〜6時20分TBS報道特集をご覧下さい。裁判当事者、内部告発者のドキュメンタリーを放映する予定です。


プロフィール

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名前
林田力
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Hayashida Riki
著書
東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った
著書
FJネクスト不買運動
著書
FJネクスト迷惑電話
著書
何故、空き家活用か
著書
ガーラ・グランディ木場迷惑
著書
佼成病院裁判
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@hayachikara
住所
東京都江東区

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