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フォノン分散の実験的解析

  ここではフォノンの実験的な測定に関する情報について纏める。
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■ 分散関係の実験的解析
 フォノンの分散関係を知るために最も有効に利用される現象は、X線散漫散乱、熱中性子散乱、赤外吸収およびRaman散乱(Brillouin散乱を含む)などである。
 これらの現象を利用して得られる分散関係の情報は、フォノンの波数ベクトルの全領域にわたるわけではなく、またエネルギー領域も限られている。
 熱中性子散乱の実験で得られる情報は、フォノンのエネルギーおよび波数ベクトルの大きさについてそれぞれ99%の領域を網羅している。しかし熱中性子散乱では、エネルギーおよび波数ベクトルの測定精度が約1%であり、かつより小さい波数ベクトルのフォノンについては高い測定精度は望めない。一方、赤外吸収およびRaman散乱の実験は、小さい波数ベクトルのフォノンに関する情報を得るための有力な手段となっている。
 このように熱中性子散乱およびX線散漫散乱の実験と光学的な実験は、フォノンの分散関係に関する情報を得るために、互いに相補的な関係にあることがわかる。

◇ X線散漫散乱
 格子振動の振動数は、X線の振動数に比して無視できるほど小さいので、X線の結晶による散乱は、結晶内の電子電荷の瞬間的な空間分布で決まると考えて差し支えない。
 格子振動に伴ってゆらぐ結晶内電子の電荷分布を、空間的な場所の関数としてen(r)と書くことにする。入射X線は単色であるとし、その波数ベクトルをk0と書く。また空間電荷分布en(r)によってある方向に散乱されたX線に着目し、その波数ベクトルをkとする。上に述べたように空間電荷分布の時間依存性は無視できるので、この散乱は弾性散乱と見なしてよく、波数ベクトルの大きさはほとんど変わらない。すなわち
 |k0| = |k| = 2π/λ
である。λはX線の波長である。
 Q ≡ k - k0
を散乱ベクトルと呼ぶ。空間電荷密度en(r)を平面波に分解して考えたとき、散乱ベクトルQの波とちょうど同じ位相の平面波成分だけが散乱に寄与するから、k方向への散乱波の振幅は、数学的な言葉でいえばen(r)のフーリエ変換
 ∫[en(r)*exp(-iQ・r)]d^3r
に比例する。したがって、k方向への散乱強度は、
 I = I0 * C^2 *|<∫[n(r)*exp(-iQ・r)]d^3r>|^2
で与えられる。ここでI0は入射X線強度であり、C^2は、
 C^2 = ( (1+cosΘ*cosΘ) / 2) * ( (e/c)^2 / (m*R) )^2
で与えられる。Rは結晶から観測点までの距離、Θはkとk0のなす角である。<>は、結晶の統計学的状態についての平均を表す。以上のようにX線の散乱強度の測定は、電荷密度の空間的なゆらぎのスペクトルを観測することに相当する。

 時間的な原子位置の変位を反映した強度をIとすると、変位を調和振動モードの1次結合と表せば、
 I = I0 + I1 + I2 + ...
と幾つかの項に分けた表現をすることができる。この第1項はQ=Kに相当する方向の回折像強度を与えるが、I1以下の項はこの回折像の広がりを与えるものであり、散漫散乱と呼ばれている。
I1の項では、
 Q ≡ k - k0 = K ± q
を満たす散乱方向に有限の散乱強度が見出せることを示している。±qはフォノンの波数ベクトルであり、この散乱に1個のフォノンの吸収または放出が関与していることを物語っている。
同様にI2の項は、
 Q = K ± q1 ± q2
で与えられる散乱ベクトルの方向への散乱を表す。これは、q1、q2の二つのフォノンの関与する散乱過程によるものである。
 このように格子振動の影響は、Debye-Waller因子だけ散乱強度を弱めるとともに、回折像にはLaue条件Q = Kで与えられる散乱方向のまわりの広がり(ぼやけ)として現れる。これが散漫散乱(diffuse scattering)とよばれる理由であるが、特にI1を1次の散漫散乱、I2を二次の散漫散乱などと呼んで区別することもある。
フォノンの分散関係を適当に仮定すれば下記の2つの式を使って、
 <|Q|^2> =( (h/2π)/ωj(q) )*(n(q,j) + 1/2)
 n(q,j) = 1/[exp( (h/2π)*ωj(q)/(kb*T) )-1]
< |Q|^2>を計算で求めることができるので、I1またはI2までの項だけで散漫散乱の強度が与えられると仮定すれば、実測される強度分布と理論から予測される分布を一致させることによって、フォノン分散関係あるいはフォノンの振動数分布を求めることができる。
 なお実験的には、測定された強度から、Compton散乱その他の寄与を注意深く補正しておかなければならないことはいうまでもない。なお実験の詳しい解析については、一例として文献[C. B. Walker: Phys. Rev. 103 (1956) 547.]を参照されたい。
 熱中性子の可干渉散乱断面積が小さいような物質では、X線散漫散乱の実験は、フォノンの分散関係を得るための有効な実験手段となっている。たとえば、Cdは熱中性子に対して強い吸収を示すので、熱中性子散乱ではフォノンの分散関係を得ることは困難であるが、X線散漫散乱の実験からフォノン分散関係が得られている。

◇ 熱中性子散乱
 エネルギーEをもつ中性子のde Brogile波長は、
 λ = h / √(2*mN*E)
で与えられる。ここでhはPlank定数、mNは中性子の質量である。試みに10meVのエネルギーをもった中性子を考えると、このエネルギーをE=kb*Tで温度にすると、T=120Kに相当するので熱中性子と呼ばれる。これは1.38km/sの速度をもち、de Brogile波長は2.86Åである。したがって、このような熱中性子はX線の場合と同様に、結晶解析のみならず、格子振動に関する情報を得るために用いられる。しかしながら、結晶による中性子散乱において特徴的なことは、熱中性子の振動数がフォノンのそれと同程度であり、そのために熱中性子の結晶による散乱においては、X線の場合とは異なって、弾性散乱のみならず非弾性散乱効果も顕著に現れることである。
 実はこの事実が、フォノンに関するより詳細な情報を直接得るための有力な手段を提供する。中性子は格子点近傍にある原子核とのに直接相互作用をして散乱される。位置r(lk)にある原子核と熱中性子との相互作用をふつう、ポテンシャル
 U(r) = (h/(2π*mN))*b(lk)*δ(r-r(lk))
で表す。これをFermiの擬ポテンシャルと呼んでる。ここでb(lk)は,lk番目イオンの原子核の散乱長(scattering length)と呼ばれ、X線散乱の場合の原子散乱因子f0に相当するものである。
散乱の瞬間における原子核の位置r(lk)は、格子点R0(lk)からu(lk)だけ変位したところにあるとする。
変位u(lk)の時間的な変化の速さは、上述したように熱中性子の振動数とほぼ同程度の大きさであるから、X線の場合とはことなってU(r,t)の時間依存性を無視することはできない。言い換えれば、X線散漫散乱においては電子電荷密度の空間的ゆらぎを観測するのに対して、熱中性子散乱においては、原子核の空間分布の時間的ならびに空間的ゆらぎを観測することができる。
 したがって熱中性子の入射波の波数ベクトルをk0としたとき、波数ベクトルkをもった散乱波の振幅は、X線の場合の拡張として、原子核の空間密度分布n(r,t)の時間、空間に関するフーリエ変換
 n(Q,ω)≡∫(∫[n(r,t)*exp(-iQ・r+iωt)]d^3r)dt
に比例することが期待される。ここでn(r,t)は原子核の散乱長b(lk)を含めて、
 n(r,t) = Σ[b(lk)*δ(r-R0(lk)-u(lk))]
とおかれる。また散乱ベクトルQはX線の場合と同じく
 Q ≡ k - k0
で与えられる。ωは散乱中性子と入射中性子のエネルギー差に相当する振動数で
 (h/2π)*ω ≡ (h/(2π*mN))*(k^2 - k0^2)
で与えられる。上記で与えられるn(Q,ω)、すなわち、原子核の空間的密度分布n(r,t)の時間的ならびに空間的ゆらぎのスペクトルを実験的に観測するためには、散乱中性子の散乱角と同時にエネルギーを測定しなければならない。このような測定で得られる量は、散乱波方向の単位立体角、単位エネルギーあたりの散乱微分断面積であり、この量は<|n(Q,ω)|^2>に比例する。<>の記号は結晶の状態についての統計学的平均を表す。
 中性子はスピン1/2をもつから、散乱体である原子核の核スピンSが0でないときは、両方のスピンが平行か反平行かで散乱長の値は異なる。これをそれぞれb+、b-と書くことにする。
 結晶中の原子核は、中性子との衝突の瞬間において、あるものは衝突する中性子と平行の核スピンをもち、あるものは反平行の核スピンをもっているから、これはちょうどb+、b-の2種類の散乱長を付与された原子核が、格子点に無秩序に配置されているとした場合と等価である。そのうえ一般に同位元素が結晶内に存在することをも考慮すると結晶内のすべての原子核が同じ散乱長bを付与されているとせず、異なる値の散乱長が結晶内の各原子核に存在することをも考慮すると、結晶内の全ての原子核が同じ散乱長bを付与されているとせず、異なる値の散乱長が結晶内の各原子核に無秩序に付与されていると考えなければならない。したがって、このような結晶から散乱される中性子線は、一部は可干渉的であり、残りは非干渉的になっている。前者を可干渉散乱(coherent scattering)、後者を非干渉散乱(incoherent scattering)と呼んで区別する。これに対応して、散乱微分断面積は、可干渉および非干渉散乱微分断面積の二つの項に分けることができる。
結晶の状態について統計学的平均をとるときに、散乱長の平均は原子核のスピン状態について平均すれば十分である。可干渉散乱では、原子核のスピン状態についての平均をとるとき<b>av≠0であることから、可干渉散乱断面積は<b>av^2に比例する。
 変位に対して、調和振動近似を用いると、可干渉ならびに非干渉散乱微分断面積を見やすい形に書き換えることができる。そこで得られる可干渉散乱微分断面積は、中性子のエネルギーが変化しない可干渉弾性散乱とフォノンの関与する可干渉的な非弾性散乱で表現される。
 フォノンの分散関係を得るために重要なのは、可干渉的な非弾性散乱の部分となる。この中には、1個のフォノンの放出または吸収を伴った散乱過程に対応する部分が存在する。そこでの因子凵iQ±q)は
 Q ≡ k - k0 = ∓q + K (Kは逆格子ベクトル)
が成り立つ方向に可干渉散乱が生じることを物語っている。波数ベクトルに(h/2π)を掛けたものが運動量であるから、上記の1音子散乱過程での運動量保存則であると見なすことができる。また同項の因子
 δ(ω±ω(j,q))は、
エネルギー保存則、
 (h/2π)*ω ≡ (h*k/2π)^2/2mN - (h*k0/2π)^2/2mN = ∓(h/2π)*ω(j,q)
がこのときに同時に成り立っていなければならないことを示している。このように1個のフォノンの関与する可干渉非弾性散乱においては、上記の二つの条件が同時に成り立っていなければならないことから、散乱に関与するフォノンの分散関係を求めることが原理的に可能である。しかも同じ項の係数はX線散漫散乱の場合と同様、|(Q・e(j,q))|^2 なる因子を含んでいるので、散乱ベクトルQの方向と、フォノンの偏りベクトルe(j,q)が平行である場合にその係数の大きさは最大になる。このことから逆に、着目するフォノンの偏りを決定することができる。
 非干渉散乱微分断面積を与える式では、弾性散乱と非弾性散乱に項に分けられる。さらに1個のフォノンの放出または吸収を伴う項が存在する。この因子δ(ω±ω(j,q))は、エネルギー保存則が成り立つことを示してるが、運動量に対する保存則は存在しない。同項において、(q,j)についての和を積分に置き換えると、1音子の関与する非干渉散乱微分断面積は[1+振動数ωのフォノンの個数]*フォノンの振動数分布(調和振動モードの数の分布)の形が含まれている。非干渉非弾性散乱の測定から、フォノンの振動数分布を直接求めることができる。
 以上のように熱中性子の散乱は、フォノンの分散関係あるいは振動数分布を得るための直接的でかつ有力な手段を提供するが、物質によっては、非干渉散乱断面積が可干渉散乱断面積に比べて圧倒的に大きいものがあるので、いつもフォノン分散関係の測定が可能であるというわけではない。また中性子は原子核によって散乱されるばかりでなく、吸収されることもある。一般に原子核による中性子の全散乱断面積は、1〜100meVのエネルギーをもつ熱中性子に対しては波長によらないが、吸収断面積は波長に比例して増大する。吸収断面積の値は元素によってことなるが、吸収断面積が特に大きい値をもつものは、少数の元素の同位元素に限られているので、中性子散乱の実験は、大部分の物質についてフォノンに関する直接的な情報を得るための有力な手段であることには変わりはない。断面積の単位としてはふつうbarn(=10^-24cm2)が用いられる。
 熱中性子のエネルギー(または波長)を決定するためには、結晶によるBragg散乱を利用した分光法か、またはパルス状の中性子線が既知の距離を飛翔するのに要する時間を測定するいわゆるTOF(time of flight)の方法が用いられる。フォノン分散関係を決定するために、1音子の関与する熱中性子の可干渉散乱に着目する。この散乱過程では、波数ベクトルに対する保存則およびエネルギー保存則が同時に成り立たなければならない。
入射波数ベクトルk0の方向に対して、試料の選ばれた結晶軸方向がなす角ψ(時計回りのとき正とする)、散乱波数ベクトルkがなす角をΦ(時計回りのとき正とする)ととる。運動量保存則を満たすため
 -k*sin(Φ-ψ)-k0*sin(ψ) = Qx = qx + Kx
 -k*cos(Φ-ψ)-k0*cos(ψ) = Qy = qy + Ky
またエネルギー保存則は、
 ( (h/2π)^2 * (k^2 - k0^2) )/2mN= ∓(h/2π)*ω(j,q)
で与えられる。一方、実験的に動かしうるパラメーターはk0, k, Φ, ψの四つである。したがって、そのうちの一つ例えばkの値を固定しておいて、上の3式を同時に満たすような他の三つのパラメーターの組を見出すことは可能である。この原理に基づいて工夫されたのが、Brockhouseらの考案による三軸結晶分光器(triple-axis crystal spectrometer)である。
単結晶MによるBragg反射によって単色化された熱中性子は、単結晶試料(ふつう数cm^3)Sによって
可干渉非弾性散乱を受けたのち、単結晶AによるBragg反射によって再び分光され、BF3または3Heを使った検出器Dで検出される。このとき独立に動かしうるパラメーターは、k0、あるいは同じことであるが入射エネルギーE0=((h*k0/2π)^2)/2mNを決めるための角度ΘM、散乱中性子エネルギーE'((h*k/2π)^2)/2mNを決めるための角度ΘA、および前に述べたΦとψを同時に動かす。
 Qを一定に選ぶことはフォノンのqを指定することであり、ΘAを変えたときの中性子のカウント数最大のところを見いだせば、E'したがってω(j,q)が決まる。保存則はE0とE'について対称であるから、E0を固定するかわりにE'を固定し、ΘMを変える方法も用いられる。このようにQ=k-k0すなわちqを一定に保ち、E'-E0を変化させて保存則を満たすようなE'-E0の値を見出す方法をconstant Q methodと呼んでる。
 フォノン分散関係でω(j,q)がqに対して鋭く立ち上がるような領域に対しては、Qを一定にするかわりに( (h/2π)^2 * (k^2 - k0^2) )/2mN を一定に保ち、保存則を満たすようなQを見出す方法を用いることもある。これをconstant ω methodと呼んでいる。
日本金属学会編「格子振動・非線形光学」丸善
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■ 光学的性質
 結晶に入射した光は、電子およびイオンと電気的双極子相互作用をもつ。フォノンによる光の吸収または発光スペクトルを見ようとするときは、電子遷移を伴わない波長領域を選ぶことが必要である。古くからアルカリ・ハライドのようなイオン結晶や、ある種の絶縁体の赤外スペクトルが、フォノンの分散関係に関する知識を得るために用いられてきたのはそのためである。一方、金属においては、赤外領域での光学的性質は圧倒的に伝導電子によって決定づけられるので、後に述べるRamanスペクトルを観測するか、可視または紫外領域での電子スペクトル線の幅や形、構造などを解析するという二次的方法によってフォノンに関する情報を得ている。
 イオン結晶の固有振動モードのうち、赤外領域の波長の光と直接相互作用をもつのは、横波の光学分枝である。光によって横波の格子振動が励起されたとすると、これにあずかるイオンの振動は分極P(x,t)を誘起する。正負イオンの逆位相の運動は、近距離力のほかに電場を生じる。各イオンは変位に比例する復元力のほかに、電場Eによる力をも受けているから、イオンの運動は強制振動となることが期待される。しかし格子振動のポテンシャル・エネルギーが非調和項を含んでいることを思い起こすと、これら非調和項の影響は、イオンの強制振動を減衰させるように働くことが考えられる。実はこの結果として結晶に入射した光のエネルギーが散逸させられることになり、これが光の吸収現象として観測されるわけである。
光のエネルギーが結晶内で散逸する効果を現象論的に取り扱うために、イオンの運動方程式の中に変位速度に比例する減衰項を導入する。このような現象論的な取り扱いは、格子定数に比して光の波長が十分長いため許される近似である。
ここで注意すべきことは、変位による分極のうちイオン変位に比例した分極のみを考えた。
 実際にはさらに高次の電気的モーメントも生じると考えねばならないが、それらはイオン変位について高次のべきで表され、非線形効果をもたらすことが期待される。
 典型的なイオン結晶では第1近似として高次の電気的モーメントの項は無視しておいて差し支えない。
(省略)
 結晶内部のMaxellの電場Eは、外部から入って来た光の電場そのものではなく、また結晶固有のTOモードの固有振動に伴う電場そのものでもない。正しくは入射光の電場によって誘起されたTOモードの振動電場と外部電場とがコヒーレントに重ね合わされて作られた電場である。この意味で、この電場で表される波を分極モードと呼んでもよい。
 この波を粒子像で見ようと思えば、もはや光子ともフォノンとも呼べないので、ポラリトン(polariton)と呼んでいる。大きなk(短波長)の領域では、光子とフォノンの相互作用は弱いので、ポラリトンの下の分枝T2(横波分極モード)はTOフォノンに近いものになり、上の分枝T1(横波分極モード)は純粋な光に近づく。この光の位相速度はc/√ε∞である。逆に小さいkの領域では、T2分枝は光子的な要素が多く含まれるようになり、k=0の近傍では位相速度がc/√ε0でるような光と考えても差し支えない。T1分枝の方はkが小さい領域ほどフォノン的な要素が増すが、振動数はωTOには近づかず、k=0の極限ではむしろ縦波フォノンの振動数ωLOと一致するようになる。
 Lyddane-Sachs-Teller (LST)の関係式( ωLO/ωTO=(ε0/ε∞)^(1/2) )は、現象論的に導かれたものであるが、あまり短い波長でなければ成立する。また長い波長に対しては、ポラリトンのT2分枝にTOフォノン的な要素が残っているかぎり成り立つと考えてよい。BarronはLSTの関係式が成立する波長範囲は10^-4 cm >= λ >= 10^-6 cmであると主張している。
 イオン結晶では光とフォノンとの相互作用の結果、励起モードはポラリトンの分散関係を持つようになるが、このことは実際、コヒーレントなRaman散乱の実験によって実証されている。
 次に、ポラリトンの分散関係と赤外スペクトルの関係について述べる。吸収係数はωTOにピークを持つ。振動数ωTOに対する波数はk=n(ωTO)*ωTO/cで与えられる。ここでn(ωTO)は屈折率である。ポラリトンの分散関係を見ると、このkの値は、T2分枝においてTOフォノン的な要素が十分強いと思われる波数領域にあることがわかる。したがって入射した光子は
同じ振動数ωTOのTOフォノンを生成することによって自らは消失するという共鳴吸収過程が起きていると考えれば、振動数ωTOで強い赤外吸収が起こる理由をポラリトンの描像で理解することができる。反射係数についてみると、ωを増して行くとき反射係数RはωTO近傍で大きな立ち上がりを示し、ωLO近傍で極小を示す。
 アルカリハライドの実測例では、実測の反射係数Rの値を再現するように屈折率、消衰係数、あるいはパラメーターγ、ωTOを決定することがしばしば行われている。光学フォノン・モードの近傍で大きな反射を示すスペクトルを残留輻射帯(Reststrahlen band)と呼び、またωTOを解くんい残留輻射振動数(Reststrahlen frequency)と呼ぶこともある。反射係数が極小となる振動数はLOフォノンの振動数ωLOとほぼ一致するが、この振動数ωLOはk→0の極限での
ポラリトン分枝T1の振動数と考えるべきである。なぜなら薄膜試料の場合は別として、光は縦波フォノンとは直接の相互作用を持たないからである。ωLO>=ω>=ωTOの領域でのみ反射係数Rが大きいことは、ポラリトンの分散関係で見られるように、この振動数領域は禁止帯(kを変えてもT1とT2が取りえないωがある)になっており、そのような振動数領域の電場E(k,ω)は結晶内では存在しえないことに対応している。
 吸収スペクトルの形および反射係数のω依存性の形を決める重要な因子は、フォノンの減衰因子γである。一般にはγは振動数ωおよび温度Tに依存するが、その場合でも誘電率ε(ω)は定数γのかわりにγ(ω,T)を使って表せる。吸収係数はμ=ω*ε"(ω)/(C*n(ω))と表されることに注意すると、赤外吸収のピーク値はγ(ωTO,T)に逆比例し、スペクトルの半値幅はほぼγ(ωTO,T)に比例することが理解される。したがって、赤外線の基礎吸収スペクトルから、フォノンの非調和項に関する情報を得ることもできる。すなわち、十分高温では、ポテンシャルの3次および4次の非調和項からのγへの寄与は、温度に対してそれぞれ、
 γ(ポテンシャルの3次の非調和項からの寄与)〜a*T
 γ(ポテンシャルの4次の非調和項からの寄与)〜b*T
のような依存性をもつことが理論的に示されているから、スペクトル線の幅の温度依存性を測定することにより、いずれの非調和項がより重要な寄与をしているかを知ることができる。
 赤外吸収スペクトルはωTOにピークもつほかに、その振動数の両側にもかなり広い範囲にわたっていくつかのバンド構造が現れるのがふつうである。これは2個またはそれ以上のフォノンの関与する多音子吸収過程によるものである。多音子過程はまたは反射スペクトルにおいて、残留輻射帯の高振動数側の構造として現れることもある。
 一般にイオン結晶の赤外吸収係数は非常に大きく、単音子過程で10^5〜10^4 [1/cm]程度であるので、透過光の測定を行う時は試料をミクロン程度の薄膜にする必要がある。したがって薄膜試料がつくりにくいものなどは、反射係数を測定し、Drudeの分散式やSzigetiの公式を使うか、または反射振幅と位相角を関連付けるKramers-Kronigの関係式を利用して、光学定数を決める方法がとられている。一方、多音子過程による吸収係数はふつう10^3〜10 [1/cm]程度であり、これに対しては透過測定または放射率(emissibity)を測定する方法がとられている。

◇多音子スペクトル
 多音子過程がスペクトルに寄与するのは、ポテンシャルの非調和項のほかに、電気的モーメントの高次の項にも起因している。いま(q,j)振動モードを表す基準座標をQj(波数ベクトルqと、分枝を表す量子数jを簡単のためひとまとめにしてjで指定しておく)と書くと、ポテンシャルエネルギーは、
 U = (1/2)*Σωj^2*Qj^2 + Σbijk*Qi*Qj*Qk + Σcijkl*Qi*Qj*Qk*Ql + ...
と表せる。また格子振動に関係する電気的双極子モーメントは、各イオンがそれぞれの平衡位置から変位するために生じるものであるからQjの関数である。これをQjについて展開して、
 M = Σαj*Qj + Σbij*Qi*Qj + Σcijk*Qi*Qj*Qk + ...
のように表すことができる。
 TOモードの振動数ωTOをここではω0と書くことにし、ω0の基礎吸収スペクトルの両側に現れる構造のうちで、2音子過程による吸収だけに着目してみる。吸収係数を決める量は、
 ω*ε"(ω)=((ℏ*π^2)/(N*ν))*Σ(ω/(ωi*ωj))*(βij-(α0*b0ij)/(ω0^2-ω^2))^2)*(1+ni+nj)*δ(ω-ωi-ωj)
  +((ℏ*π^2)/(N*ν))*Σ(ω/(ωk*ωl))*(βkl-(α0*b0kl)/(ω0^2-ω^2))^2)*(nl-nk)*δ(ω-ωk+ωl)
で与えられることが容易に示される。ここで添字0はTOモードを意味する。またnj = 1/[exp(ℏ*ωj(q)/(kb*T) )-1]はjモードのフォノンの数であり、吸収係数の温度依存性は主としてこの因子が決定している。上式の右辺第1行はδ(ω-ωi-ωj)を含むから、ωi+ωjの振動数にピークが現れることを示す。この振動数がたまたまω0に一致するときには、基礎吸収への2音子過程の寄与を与えるが、ω0からはずれると、2音子吸収バンドとして観測される。これはiとjの二つのフォノンが同時に生成(または消滅)される過程に対応するからsummation bandと呼ばれる。これに対して、上式右辺の第2行目は、ωk-ωlがω0近傍にないとき吸収バンドとして観測され、Kフォノンを生成すると同時にlフォノンを消滅させる過程に対応しているからdifference bandと呼ばれる。低温の極限T→0では、ni→0であるから、difference bandは現れない。また十分高温ではniはTに比例するから、上式で与えられる2音子吸収係数は温度に比例することがわかる。同式をもちいて実測スペクトルを解析しようとするときは、次のような注意が必要である。すなわち、βij,b0ijに対する選択則のために、モードiとjの波数ベクトルは次の保存則を満たさなければならない。
 いま光の波数ベクトルをk、逆格子ベクトルをKと書くと、一般に保存則は、
 k + K = q1 ± qj
と書けるが、赤外領域の光の波数ベクトルの大きさはフォノンのそれに比べて小さいのでk=0とおいてよく、また2音子過程ではK=0の場合しか考えられないので
 q1 ± qj = 0
と書ける。ここで±はそれぞれsummation band(iとjの二つのフォノンが同時に生成または消滅される過程)およびdifference band(iフォノンお生成すると同時にjフォノンを消滅させる過程)に対応する。また中心対称をもつ結晶では、iとjは異なる振動分枝でなければならない。さらに重要なことは、Ge, Siのような同極性結晶は、イオン性がなく1次の電気的モーメントをもたないためにα0=0であることである。このときは2音子吸収はもっぱら2次の電気的モーメントを通してのみ可能であり、ポテンシャルの非調和項には関係しない。
 2音子過程のみならず一般の多音子過程でも、以上のようないくつかの選択則ならびにエネルギーと運動量の保存則を満たすフォノンの組み合わせだけが問題になる。
 フォノン振動数の分散を考えれば、このような組み合わせの数は多く、そのため多音子吸収はほとんど連続的なスペクトルとなることが予想されるが、実際はいくつかの吸収極大をもった構造が現れる。このことは実はフォノンの状態密度の大きいところが大きな吸収に寄与することとを想起すれば理解される。すなわち、ω〜ω+dωの振動数範囲内にちょうど振動数がくるようなフォノンの組み合わせの仕方の数が多いほど、ω近傍のスペクトル強度は大きくなるわけである。したがってスペクトルの形(ω依存性)を決める主要な因子は、2音子過程の場合、ω*ε"(ω)の式の和をとるときに現れる2つのフォノンの結合状態密度
 ρij(ω)=(1/(2*π)^3)*∫[1/(|∇ωi(q)=∇ωj(q)=0|)]dS
であると考えてよい。ここで積分はq空間の第1 Brillounin帯内で、ω=ωi±ωjで決められる表面についての積分である。明らかに、分母をゼロとするようなω=ωi(q)±ωj(q)面上のqの値のところで大きな寄与があることがわかる。このような点qをVan Hoveの特異点と呼ぶ。2音子過程については振動数ωi(q)、ωj(q)が同じqに対して同時に特異点を持つ場合[∇ωi(q)=∇ωj(q)=0]か、または微係数が等しい(difference bandの場合)か逆符号で同じ大きさ(summation bandの場合)の場合に、吸収に極大が現れる。
 一例として、ダイヤモンド型あるいは閃亜鉛鉱型構造の結晶では、対称性の良いΓ, L, X, W, Kの各点は特異点となる。多音子過程による吸収スペクトルの構造がこれらの特異点を反映したものであると仮定すると、これらの特異点に対応するフォノンの組み合わせに対する選択則は、特異点の対称性から求めることができる。2音子スペクトルの構造を説明するために、このように対称性のよい特異点だけを選んで、対応するフォノンの組み合わせで解析することがよく行われている。
 2個以上のフォノンの関与する多音子吸収は、基礎吸収バンドよりはるかに高いエネルギー側で問題となってくる。特に関与するフォノンの数が多くなると、スペクトルの構造はそれに応じてぼやけてくる。実際、Deutschらは数種のアルカリ・ハライドの吸収を測定した結果、200〜800cm^-1の振動数領域(ωTOの数倍に相当する)での吸収係数はほぼ
 α(ω)=A*exp(-B*ω)
で表されることを見出した。このような基礎吸収バンドの数倍でしかも電子エネルギー帯間繊維の起きない振動数領域での多音子吸収に関する研究は、実用上にも重要な情報を提供する。すなわち最近高出力のCO2レーザーが開発され、波長10.6μmの強い光源として使われているが、この光は窓材として用いられるアルカリ・ハライド結晶の最大格子振動数の数倍ないし数十倍の振動数を持つ。レーザー光強度が増すと、たとえ吸収係数の値は小さくても多音子吸収による発熱が無視できなくなるので、多音子吸収過程の研究は実用上も重要なものとなる。
※低温の極限T→0では、n=[1/exp(ℏ*ωj/(kb*T)]→0であるから、difference bandは現れない。

◇ Ramanスペクトル
 結晶のいて、格子振動の関係するRaman効果は、光がフォノンによって非弾性散乱をうける減少である。散乱光の波長が入射光のそれより長波長側にずれたものをStokes線と呼び、逆に短波長側にずれたものを反Stokes線と呼ぶのは、分子のRaman効果の場合と同じである。Stokes線は光のエネルギーの一部がフォノンを生成するのに費やされ、逆に反Stokes線はフォノンを消滅させた分だけ光がエネルギーを獲得したものである。このとき関与するフォノンの個数は必ずしも1個とは限らないが、1個のフォノンが散乱に寄与する場合、これを1次のRaman散乱と呼び、n個の場合をn次のRaman散乱と呼ぶ。また光の非弾性散乱が、低周波の音響的分枝によって起こる場合、このRaman散乱を特にBrillouin散乱と呼んで区別するのが普通である。
 光の散乱断面積は、X線の散乱の場合と同じく、一般に電荷密度の時間、空間的ゆらぎを表す密度相関関数で決められるが、電荷密度分極(あるいは電気的モーメント)は連続方程式で関係づけられているので、分極のゆらぎが光の散乱を決定づけると考えても良い。ここでは分極のかわりに電気的双極子モーメントを用いて、現象論的にRaman散乱を理解することにする。
 光は単色であるとする。入射光によって結晶は分極を起こし、電気的双極子モーメントが誘起される。微視的にはこのとき、電子状態のみならず格子振動状態に変化が起こり、結晶は初期状態からある別の状態に励起される。これに伴って誘起された電気的双極子モーメントはただちに光を放出し、結晶の電子状態はもとの状態に戻る。このとき格子振動の状態はもとの状態に戻らず、最初とは異なった終状態になったとする。格子振動の状態が変化したことは、この振動状態の食い違いの分だけフォノンが余分に励起されているか、または消滅させられていることになる。したがって、状態の振動エネルギーの差が、放出された光と入射光のエネルギーの差になっている。以上の減少が確率的に一つの事象として同時に起こるから、光の散乱として観測されるわけである(光の吸収と放出が確率的に独立な二つのステップとして起こる現象が、蛍光や燐光である)。エネルギーおよび運動量の保存則は、初期状態と最終状態との間にだけ成り立てばよい。したがって1次のRaman散乱では
 ω0=ω±ωj(q)
 k0=k±q
の関係が成り立つ。ここでω0, ω, ωj(q)はそれぞれ入射光、散乱光および(q,j)フォノンの振動数を表し、k0, k, qは同じく波数ベクトルを表す。また±はそれぞれStokesおよび反Stokesの場合である。
 入射光の電場E0によって誘起された電気的双極子モーメントMは、各イオンの平衡位置からの変位の関数であるから、格子振動を表す基準座標Qj(ただしj≡(q,j))の関数でもある。したがって、
 M = α*E0
によって分極率αを導入すると、αをQjについて展開して
 α = α0 + Σα1j*Qj + Σα2jk*Qj*Qk + ...
 α1j≡(∂α/∂Qj)
と書くことができる。ここで注意すべきことは、Mは光の散乱過程を現象論的に記述するために導入した量であり、量子力学的には光の散乱過程をつかさどる一つの演算子と考えるのが正しい。
 すなわち観測されるのはMそのものではなく、これから放出される光の強度である。しかし特に誤解を生じない限り、しばらくふつうの量のように扱うことにする。
 E0がω0の振動数で時間的に変動することおよび、Qiの時間的位相をあらわに取り出して書くことにすると、M = α*E0は、
 M = α0*E0*exp(i*ω0*t) + Σα1j*Qj*E0*exp(i*(ω0±ωj)*t) + Σα2jk*Qj*Qk*E0*exp(i*(ω0±ωj±ωk)*t) + ...
となる。右辺第1項はフォノンの関係しない過程に対応し、これによる光の放出はRayleigh散乱とよばれる。第2項が1次の、第3項が2次のRaman散乱に寄与する。誘起された電気的双極子モーメントMが次に光を放出するわけであるが、この光の強度は、
 I(ω)=const*lim(1/T)*<|∫[M(t)*exp(-i*ω*t)]dt|^2> = const*2*Re∫[<M(t)*M(0)>*exp(-i*ω*t)]dt
で与えらえる。この表式の中ではMは演算子に読みかえられており、<...>は結晶状態についての統計力学的平均を表す。M = α*E0で導入された分極率αも演算子に読みかえることにすると、最終的にRaman散乱光強度は次式で与えられることを示すことができる。
 I(ω)=I0(ω0)*(ω^4/(2*π*c^4))*<|αρσfi|^2>
ここで<...>の記号は結晶の初期状態に関する統計力学的平均を表す。αρσfiは分極率演算子の初期状態|i>と最終状態|f>に関する行列要素であり、ρ、σはこの分極率テンソルの(ρ,σ)成分であることを表す。ρ,σはそれぞれ散乱光および入射光の偏り方向を示す。分極テンソル成分αρσfiは具体的に次式で与えられる。
 αρσfi = (1/ℏ)*Σ(Mρfm*Mσmi/(ωmi-ω0))+Mσfm*Mρmi/(ωmi+ω0)))
ここでωmi≡(Em-Ei)/ℏなる記号を使った。またMρfmは電気的双極子モーメント演算子のρ成分の最終状態|f>および中間状態|m>に関する行列要素であり、mについての和は中間状態のすべてについて行う。αρσfiは体積の次元を持つ。I0(ω0)は入射光強度で、単位時間、単位面積あたり入射する光のエネルギーとして定義されている。I(ω)の式から分かる通り、Raman散乱の重要な特徴の一つは、散乱光強度がω^4に比例することである。

◇1次のRaman散乱
 1次のRaman散乱では、αρσfiを格子振動の規準座標Qjについて展開し、その1次の項、たとえば、
 (∂αρσfi/∂Qj(q))*Qj(q)≡α1j*Qj(q)
を考えればよい。α1jはQj(q)で記述されるイオンの変位に際して、分極率がどれだけ変化するかを表す量であるから、NaCl型やCsCl型のようにイオンが対称中心に位置している結晶では、対称性から明らかなように光学的分枝に対してはαTO=0, αLO=0となる。したがって、1次のRaman効果は生じない。このことを1次Raman不活性という。一方、ダイヤモンド型および閃亜鉛鉱型結晶のように、原子が対称中心に位置しないものや、対称中心をもたない結晶では、TO, LOともに1次Raman不活性である。また、CaF2型結晶のようにCaは対称中心に位置するがFは対称中心にない結晶では、q=0でのTOおよびLOモードは縮退が解けて、それがさらに2分枝ずつに分かれるが、偶パリティの光学的分枝(1次の電気的双極子モーメントをもたない)だけが1次Raman活性である。
 一般に対称中心をもつ結晶構造の場合には、TOモードは赤外活性か1次Raman活性かのいずれかであり、したがって赤外スペクトルとRamanスペクトルはこのような結晶のTOモードに関する情報を得るために相補的な役割を果たす。またαjの大きさは、入射光および散乱光の偏り方向と、結晶の方位に依存するので、入射光の偏光方向を結晶方位に対して種々変化させたときのRaman光強度の測定を行うと、これに関係する振動モードの対称性に関する情報を得ることができる。
 Stokesおよび反Stokes線の強度の温度依存性は、1次Raman効果では、それぞれ1+njおよびnjに比例する。ここでnjは(q,j)フォノンの個数であり、十分低温でnjはexp[-ℏ*ωj(q)/(kb*T)]に比例して小さくなるため、低温で反Stokes線が現れなことがある。
 一方、十分高温ではnjはTに比例するので、Stokesおよび反Stokes線ともに強度はTに比例して増大する。この温度依存性は赤外スペクトルの場合とは逆であることを注意しておく。
 次に運動量保存則について考えてみる。1次Raman散乱の場合、波数ベクトルは[k0=k±q]の関係を満たす。Raman散乱の実験では通常、分散のない振動数領域の可視または紫外光が用いられ、ω0〜ω≫ωj(q)の関係にある。
 それゆえ|k0|〜|k|お近似することができるので、[k0=k±q]は十分良い近似で、q = 2*k*sin(Θ/2)=(2*ω*n(ω)/c)*sin(Θ/2)と書ける。ここでΘは光の散乱角である。前方散乱Θ〜0ではq〜0であり、Θ=90°ではq=(√2)*k, 後方散乱Θ=180°ではq=2*kと、Θによってqの値が異なるが、可視および紫外領域の光に対しては10^4 cm^-1 =< k =< 10^5 cm^-1であるから、qの大きさは第1 Brilouin帯内でとりうる最大の値qmaxと比較して、せいぜい(10^-4)*qmax 〜 (10^-3)*qmaxの範囲を超えることができない。
 このようにRaman散乱で変化させうるqの値の範囲が小さいので、もし分散関係ωj(q)がこのqの範囲でほとんど一定である場合には、Stokesおよび反Stokesの波長のシフトはΘにほとんどよらないことがわかる。また逆q=0近傍でωj(q)がqとともに変化すれば、それはRamanシフトのΘ依存性から決定することができる。実際HenryとHopfieldはレーザー光を使ってGaPにおけるStokesシフトのΘ依存性を測定し、エネルギーと運動量の保存則を使ってフォノンの分散関係を求めることを試みた。
 GaPは閃亜鉛鉱型構造の結晶であり、TOモードは赤外ならびにRaman活性でかつLOモードもq〜0ではRaman活性だる。得られた結果は、実験データは赤外スペクトルから求められた光学定数を使って計算したポラリトンの分散関係とよく一致しており、ポラリトン・モデルが直接実験的に検証された最初の例であるといえる。同様の測定例としてはPortoらによるZnOもあげられる。

◇2次のRaman効果
 2次のRaman効果では2個のフォノンが関与する。この場合、光学的分枝と音響的分枝の種々の組み合わせが可能であり、エネルギーおよび運動量の保存則は、
 ω0=ω±ωj±ωj'
 k0=k±qj±qj'+K
で与えられる。Kは任意の逆格子ベクトルである。2音子過程が光の散乱に寄与する機構には2通りあり、第一は分極率の2次の変化
  (∂(∂αρσfi/∂Qj(q))/∂Qj'(q'))*Qj(q)*Qj'(q)≡α2j*Qj(q)*Qj'(q')
を通して2個のフォノンが直接光の散乱にあずかるものであり、第二はポテンシャルの非調和項の助けを借りて2個のフォノンが生成または消滅する過程である。
 後者の場合にはMの展開式のαj*Qjの項と非調和項の積から、最終的に2個のフォノンが生成または消滅する過程が作られるので、第1のフォノンは1次Raman活性でなければならない。
 いずれの機構によるにせよ2次Ramanスペクトルは、かなりの振動数領域にわたっていくつかの機構を示すことが期待される。したがって2音子吸収スペクトルの場合と同様、2個のフォノンの結合状態密度の特異点がスペクトルの構造に寄与すると考えて解析が行われている。

◇Brillouin散乱
 低周波の音響的分枝のフォノンの生成または消滅を伴うRaman散乱はBrillouin散乱と呼ばれる。1次のBrillouin散乱では、エネルギーおよび運動量の保存則はそれぞれω0=ω±ωj(q)とk0=k±qで与えられるが、ここで、
 ωj(q)=vj*q
とおく近似が許される。vjはj分枝フォノンの速度(音速とよんでもよい)である。Brillouin散乱の実験ではふつう可視光が用いられる。したがって、ω0〜ω≫vj*qであり、|k|〜|k0|=ω0*n(ω0)/cと近似することができるから、光の散乱角をΘとして
 ω0-ω=±vj*q=±(2*vj*ω0*n(ω0)/c)*sin(Θ/2)
と書くことができる。±はそれぞれStokesおよび反Stokes線に対応する。一例として、He-Neレーザーの6328Åの光を使う場合を考えると、Θ=60°としてq〜10^5 cm^-1であるから、Brillouinシフトは|ω0-ω=|=vj*q〜(10^5 cm/s)(10^5 cm^-1)〜10^10 Hzであり、ω0〜3x10^15 Hzに比べてはるかに小さいことがある。またωj(q)が小さいから、十分低温でないかぎり、Stokes線と反Stokes線の強度はほぼ同じ程度になる。
 結晶の構造によらず音響的分枝はBrillouin散乱がよく用いられる。Brillouin散乱はもっぱら音響的フォノンが関与する現象であるから、Raman散乱の構造を考えるときに導入した分極率のかわりに、別の量で記述するのが便利な場合がある。たとえば結晶を弾性体と見なし、長波長の音響的フォノンの励起に対応して弾性的ひずみeijが生じると考える。これに伴って生じる誘電率テンソルεμνの変化は、
 δεμν=-∑εμρ*Pρσ,ij*εσν*eij
で与えられる。ここでPρσ,ijは光弾性定数(photoelastic constant)である。入射光によって誘起された分極が光を再放出する過程でBrillouin散乱を考えると、分極はδεμνで記述されるから、結局、散乱光強度は分極率のかわりに誘電率テンソルおよび光弾性定数で表されることになる。また長波長の音響的フォノンが関与する現象であることに着目して、流体力学的な記述も可能である。すなわち、光の強度I(ω)の式の電気的双極子モーメントMを媒質の電荷密度のゆらぎδn(r,t)≡n(r,t)-<n>で表すと、散乱ベクトルがq,エネルギーシフトがℏ*ω0-ℏ*ω=ℏ*ω'であるよな散乱光の強度は
 S(q,ω')≡∫(∫[exp(-i*(q・r-ω'*t)<δn(r,t)δn(0,0)>]dt)dr
に比例することがわかる。この量はしばしば動的構造因子(dynamical structure factor)とよばれ、これをすべてのω'について積分したもの
 S(q)=(1/(2*π))*∫S(q,ω')dω'
は静的構造因子(static structure factor)とよばれる。動的構造因子の密度の相関関数を求めるために流体力学を適用すると、結局、次の式を得ることができる。
 S(q,ω')/S(q) = (1-Cv/Cp)*(2*Dt*q^2)/(ω'^2+(Dt*q^2)^2) + Cv/Cp*[((1/2)*Ds*q^2)/(ω'-vs*q)^2 - ((1/2)*(Ds*q^2))^2)+ ((1/2)*Ds*q^2)/(ω'+vs*q)^2 - ((1/2)*(Ds*q^2))^2)]
ここで
 Dt≡K/(ρ*Cp)
 Ds≡Dt*(Cp/Cv-1)+(1/ρ)*((4/3)*η+ζ)
とおいてある。ρは媒質の密度、Kは熱伝導度であり、Dtは熱拡散係数と呼ばれる。またηはずれ粘性(shear viscosity)、ζは体積粘性(bulk viscosity)であり、Dsは音波の減衰係数である。上式のvsは音速である。流体力学を適用した式の右辺第1項はω'=ω0-ω=0にピークもつRayleigh散乱を与え、第2,3項がBrillouin散乱のスペクトルを与える。この近似では、Brillouinピークの半値幅を決めるパラメーターがDsであることがわかる。

◇不純物モードによる赤外スペクトル
 結晶中に不純物とか格子欠陥等が導入され、結晶の完全性が破れると、これらの欠陥の近傍では、新しく1次の電気的双極子モーメントが生じ、これに対応する新しいスペクトル線が現れることがある。ここでは欠陥が不純物である場合について述べる。完全結晶の場合には、イオンの変位u(lk)は運動方程式を満たす。これを行列を使って次の形に書くことにする。
 Lu=0
ここでLは3rN*3rN(Nは基本単位胞の数、rは基本単位胞内のイオンの数)の行列で、行列要素は
 Lαβ(lk;l'k')=Mk*ω^2*δl,l'*δk,k'*δα,β-φ2αβ(lk;l'k')
で与えられる。いまl0番目の基本単位胞内のk0番目の原子を質量M'の不純物で置換したとすると、運動方程式はLu=0のかわりに
 (L-δL)u=0
となる。ただしδLの行列要素は、
 δLαβ(l0k0;l'k')=(Mk-M')*ω^2*δl0,l'*δk0,k'*δα,β-[φ2αβ(l0k0;l'k')-ψ(l0k0;l'k')]
であり、不純物と直接相互作用をする原子の数をzとすると、δLは3(z+1)*3(z+1)の行列となる。上式の右辺第1項は(l0,k0)格子点にあった原子の質量がM'にかわったことを表し、第2項は力の定数が変化したことを表す。フォノン振動数は力の定数の平方根に比例し、質量の平方根に逆比例するから、簡単のために力の定数には変化がなく、質量だけが変化したと仮定して、不純物の影響を定性的に考察することにする。立方晶の単原子結晶内に質量だけが異なる不純物がある場合は、(L-δL)u=0は簡単になり、格子の固有振動数を与える式は次のようになる。
 1=(ε*ω^2)/(3*N)*Σ(1/(ω^2-ωJ(q)^2))
ただし、ε≡1-(M'/M)でMは母体結晶原子の質量、M'は不純物の質量である。一般に上式の解は2種類存在する。一つは許容バンド[母体結晶の固有振動数ωj(q)の許される範囲]の外側に現れる解である。この新しいモードは不純物近傍に局在した振動であり、不純物から遠ざかるほど振動の振幅が指数関数的に減少して行くので局在モードと呼ばれる。
 いま一つは許容バンドの中に現れる解である。この解は許容バンドの振動数をもつ母体結晶のフォノンが不純物の振動と共鳴したものであり、振動の振幅を見ると、不純物近傍で顕著なピークを持ち、遠くでは完全結晶の場合と同じ振幅になっているようなモードである。これを共鳴モードと呼んでいる。
 局在モードが不純物の質量とどのような関係にあるかを定性的に見るために、一次元二原子格子の場合を取り上げる。二原子格子の不純物モード(一次元モデル)で、M1, M2 (M1>M2)を母体結晶原子の質量、M'を不純物原子の質量とすると、重い原子M1を不純物で置換する場合はM1>M2, M'=(1-ε)*M1となる。一方、軽い原子M2を不純物で置換する場合はM1>M2, M'=(1-ε)*M2となる。
 光学的分枝と音響的分枝の二つの許容バンドの間を禁止帯と呼ぶが、禁止帯の中に現れる局在モードを特にギャップ・モードと呼ぶこともある。不純物モードによるスペクトルは、アルカリ・ハライド、U-Y族、V-X族、W族、CaF2などの結晶についてよく研究されている。アルカリ・ハライド結晶の中で、KIは禁止帯が69.7 cm^-1から95.6 cm^-1に及ぶ大きな幅の領域を占めるので、種々の不純物をドープしてKイオンまたはIイオンを置換したときの不純物モードの模様を研究するのに適している。単原子不純物をKIにドープしたときの、不純物モードによる吸収スペクトルの研究は、Sieversによって精力的に行われた。KIにおける種々の不純物モードによるスペクトルを得るためには、不純物をドープしないKI結晶をフィルターとして用い、母体結晶の赤外スペクトルの分を差し引けばよい。不純物がF-、Cl-、Cs+のときギャップモードが現れていることが分かるようになる。Ag+不純物の場合には温度6Kで17.4 cm^-1に鋭い吸収線が観測された。分光器のスリット幅の補正をした線幅は約0.6 cm^-1と見積もられるので、これは共鳴モードであると考えられている。母体結晶がKI以外のアルカリ・ハライドの場合でも、Ag+不純物による共鳴モードの吸収が観測された。
(省略)
 Si, Geのような共有結合結晶では、原子が有効電荷を持たないのでq〜0のTOモードは赤外不活性である。しかしこれらの不活性モードは不純物をドープすることによって活性化され、母体結晶フォノンの音響的分枝あるいは光学的分枝の振動数領域に、状態密度に比例した吸収が現れる。これをバンド・モードとよぶ。もちろんこのほかに局在モードも現れるが、
注意すべきことは2音子過程によって生じるスペクトルとしては、不純物モードの高調波ならびに結合モードのほかに、不純物モードとバンド・モードの結合モードが現れることである。
 不純物をドープすると一般にキャリヤが生じるので、これを補償するためにp型とn型の不純物を同量ずつドープする方法がとられている。また吸収係数の大きさは不純物濃度が10^18 cm^-3のとき10^2〜1 cm^-1程度になることあ見積もられるので、不純物濃度をあまり少なくするわけにはいかない。したがって実際には10^18〜10^19 cm^-3程度の不純物をドープするのがふつうであるが、このとき不純物どうしまたは不純物と他の欠陥が対をつくることがありうる。このことは不純物濃度を増すとき、局在モードのスペクトルに変化が現れることから確かめられている。この効果を逆に利用すると、対をつくる場合の対称性その他を推測することができるので、欠陥の様子を知る手段として用いることができる。実際、物質を電子線またはγ線で照射した場合に生じる欠陥の様子を調べるために、不純物モードのスペクトルに現れる変化を観測する方法がしばしば用いられている。

◇混晶の赤外スペクトル
 二つの結晶A,Bの混晶の赤外スペクトルは、A,Bの混合の割合とともに変化するが、これには大きく分けて2種類のタイプがある。一つは融合型(またはone-mode behavior type)とよばれるもので、赤外またはRaman活性なq〜0の光学的分枝の振動が、Bの濃度を増すとともにA結晶での値からほぼ濃度に比例して変化し、100%BではB結晶の振動数となるような変化をする。
 第二のタイプは非融合型(またはtwo-mode behavior type)とよばれるもので、A,Bそれぞれの光学的分枝のモードが同時に観測される。この場合それぞれのスペクトル強度が濃度の変化に応じて変化する。
 アルカリ・ハライドのようなイオン結晶では、q〜0でのωTOの値は正負イオンの還元質量の平方根に逆比例し、力の定数の平方根に比例する。また、正または負のイオンを第三のイオンで置換するとき、不純物モードが光学的分枝より高振動数側に出るか、低振動数側に出るかについて、イオンの質量の違いが一つの目安になる。
 これらの考察に基づいてAB1-xCx型の混晶が、融合型であるか非融合型であるかを判定する基準を導出することができる。
 ChangとMitraは、置換するイオンの質量をMB, 他の二つのイオンA,Cの還元質量をμAC=MA*MC/(MA+MC)としたとき、MB<μACの条件が満たされるときは、この混晶は非融合型であることを示した。また松田と堀は混晶が非融合型であるための条件として|MB^-1 - MC^-1|> MA^-1が成り立たなければならないことを提唱した。実際これらの条件は上に掲げた混晶の場合には満たされている。
 混晶ではイオンの置換は場所的にまったく不規則であると考えられるから、当然結晶の遠距離秩序性は乱されている。したがってこのような混晶でフォノンの概念がどこまで成立するかは理論的に興味ある問題である。

日本金属学会編「格子振動・非線形光学」丸善
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